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『桃子記念日』
【痴漢/痴女 官能小説】

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『桃子記念日』-24

(あたしが、おにいちゃんの、およめさん……)
 それは確かに、12歳の頃から“願望”として常に持ち続けていたものだが、相手が十も離れた従兄だけに、体を重ねる関係になった後も、そのビジョンはなかなか現実的に抱くことができないでいた。だから、“およめさんごっこ”だけは、桃子がこれまで宗佑と行ってきた“ごっこあそび”の中には、含まれてこなかった。
(あたしが、おにいちゃんの……)
 桃子の体中に、とても幸せな暖かさが宿った。宗佑とは、変態的なものも併せて、性の交わりを何度も重ねてきたが、春の陽だまりのように、心の中から温められる心地よさは、初めてのことだった。
「もうすぐですぜ」
 運転手の言葉を、夢うつつで聞き流しながら、桃子は窓を走る風景に目を向けてみた。緑が多く目に入るのは、ここが都市圏から離れた郊外だからだろう。
 タクシーに乗り込んで、1時間は優に過ぎているから、相当な距離を走ってきたことが分かる。
「ここは出入り口でやして、本館は、あそこの、お屋敷みたいな建物ですぜ」
「ありがとう。おつりは、いらないよ」
「へへっ、こいつはどうも」
 一枚の福沢先生を受け取り、もう一度、愛想のいい笑顔を向けてから、タクシーはその場を離れていった。
「“シークレット・ガーデン”」
 タクシーを降りてすぐ、桃子の目に入ったのは、アーチ状の門扉に掲げられた、アルファベットの看板であった。
「フォト・スタジオ……ここ、写真を撮るところなの?」
 建物の名前を表すのであろうアルファベットの上には、確かに、“フォト・スタジオ”という文字も見える。
「古い建物だから、写真だけでなくて、映画の撮影にも使われることがあるんだ」
「こんなところ、おにいちゃん、よく知ってたね」
「知り合いのライターがね、紹介してくれたのさ」
 アーチ状の門扉をくぐりぬけ、“本館”に向けて足を進める桃子と宗佑。
「いらっしゃいませ」
 芝生の上に水をまいている穏やかな雰囲気の美しい女性が、にこやかに応接してくれた。
(メ、メイドさんだぁ……)
 しかも、着こなしに身のこなしが、完璧である。自分がよくする宗佑との“メイドさんごっこ”や、“メイド喫茶”でよく見るそれとは、全てにおいての高尚さがまるで段違いで、桃子は瞠目してその女性を見つめていた。
「今日、予約を入れていた真木ですが」
「はい、伺っております。ご案内いたしますね」
 メイド姿の美しい女性が、二人に歩を合わせながら静々と先導してゆく。歩く姿も、穏やかで優雅で、桃子は目が離せなかった。
「館長、真木様がいらっしゃいました」
 重厚な装いの玄関を通り抜け、目の前に曲がりくねった階段を臨む、天井の高い広間では、今度は、ベージュのスーツ姿がとても凛々しい、目鼻立ちの整った女性が出迎えてくれた。
「ようこそ、真木さん」
「やあ、大崎さん。ここでは、初めてお会いするが、随分と雰囲気が違いますね」
「うふふ。ここは、私の“庭”ですから」
「今日はよろしく、お願いします」
 宗佑と、目の前の女性とは、知己であるらしい。仕事上のやり取りがあったのだろうが、自分とは全く違う“大人の雰囲気”を漂わせるその女性に、やや気後れを感じる桃子であった。
「こちらのお嬢さんが、真木さんの“婚約者”ね」
「!」
「うふふ、可愛い子ね。よろしく、お嬢さん。私は、この“シークレット・ガーデン”の館長をしている、大崎望よ」
「あ、は、はい。真壁桃子です」
 差し出された手を、桃子は恐る恐る握り締めていた。大崎望という女性は、あらゆる所作に、明敏さと爽やかな風を感じる人であった。
「こちらのお部屋に、真木様から依頼のありました“ご用意”をさせていただきました」
「ありがとう」
「撮影は、1時間後よ。その頃に、部屋に一度、顔を出すから」
 “それまで、ごゆっくり”と、望はとても様になるウィンクで、メイド服の美しい女性を連れて、二人の前から離れていった。
「おにいちゃん、あの……」
「桃子、部屋に、入ってくれるか?」
「え、う、うん……」
 この“シークレット・ガーデン”に来てからの一連の流れに乗り切れず、狐につままれたような表情の桃子。望に、はっきりと“婚約者”と言われたことについても、宗佑にその“事情”を聞けていない。
「………」
 桃子は、磨かれた光沢が美しいドアノブに手をかけて、それを内側に開いた。
「!!!」
 目に入ったのは、白。鮮やかで、純真で、とても無垢な、絶対無二の色。
 真っ白で、透き通って、ふわふわした、とても美しい光景が、そこにはあった。
「ウェディング・ドレス…」
 女性ならば、誰しもが憧れ、そして、夢見ている純白の美しいドレスが、桃子を待ちかねていたように、用意されていたのだ。
「おにいちゃん、これ……」
「桃子」
 立ち尽くしている桃子の背中をやさしく押して、ウェディング・ドレスが中央に飾られている部屋の中に、二人は完全に身を入れた。
「桃子に、これを着て欲しいんだ」
「………」
「大学を卒業したら、すぐに、と、心に決めていた」
 宗佑は桃子の目の前に、小さな箱を取り出すと、それを開いて見せた。
「………」
 ダイヤの粒が散りばめられた、光り輝くリングが、桃子を瞠目させた。
「桃子、結婚しよう」
「………」
 桃子の瞳に、光の粒が浮かんでくる。それは、留まることを知らずにあふれ出し、桃子の頬を幾重にも伝って、流れていった。
「おにいちゃん、あたし……」
「うん」
「嬉しい……あたし……おにいちゃんの、およめさんに、なれるんだね……」
「そうだよ」
 これは、“ごっこあそび”なんかではない。
「嬉しい……嬉しい……嬉しいよ……嬉しい……」
 桃子の涙は、止まり方を忘れてしまったようで、抑えきれない想いと共に、いつまでも溢れ続けていた。


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