冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-9
後に残るのは音速の衝撃と、エメラルドグリーン色の光。
その二つは余韻を残しながらやがて消える。
「もうちょっと老人をいたわった出て行き方ができんあものかのぅ…」
衝撃にやられた老人の白髪が四方八方に乱れる。
しかし、老人の体は衝撃に圧される事なくその場から一歩も動かずに経っていた。
「願わくば我が孫、癒姫をも守って欲しいものだ。
頼んだぞ…」
今度は誰に言うでもなく、ひとりごちていた。
◎
猛獣の攻撃を待っていた闘夜は震えていた。
自分は死ぬ。
自分は殺される。
あの時の母の言葉が頭の中にリフレインする。
そしてその背景には星々が輝いた空があった。
『あなたなら行ける』
そう言った母の顔は笑っていた。
天使のようだと思えたかもしれない。
…母の両手が自分の首さえしめていなければ。
苦しい。
思い出すだけで本当に締められているような気分になる。
苦しい。
どうして母が自分を殺そうとするのか?
あれから自分は途中で意識を失い、気がつくと病院にいた。
そして、自分は独りになった…。
ヒュン!
闘夜の思考はすさまじい音と共に中断させられた。
閉じていた目を開け、今の世界を見る。
そこには、猛獣が襲いかかろうと闘夜の目の前にいる。
が、それ以上攻撃はしてこない。
何故なら、その動きを止めるかのように猛獣の体に突き刺さり、猛獣を貫いて地面に刺さる物があるからだ。
「グギャア!!」
猛獣は少し遅れて悲痛な悲鳴をあげるが、その場にいる誰もが聞いてはいなかった。
すべての感覚を視覚に使っている。
闘夜にとって未知の物、そして癒姫とアキレスにとってはここにあるはずのない物に。
「レクイエム…ホープ…」
それは、木刀だった。
だが、同時に木刀ではなかった。
それは明らかに木刀と呼ぶにはでかすぎる物であった。
柄は一般サイズだが、そこから先にある刃の部分は長くなるにつれて広がっている。
そして一番木刀と呼ぶのにふさわしくない理由は、その木刀がエメラルドグリーン色の光を放っている所だ。
地上一般の木刀ではない。
「木剣…?」
闘夜は思わずつぶやいていた。
しかし、そう呼んでもいいのか闘夜には迷いがある。
なんと呼べばいいのだろうか?
『神無月 闘夜』
声が聞こえた。
それがどこから聞こえたのかを考えずに声の下方向、木剣の方を見る。
普通ならば、しゃべる木剣など存在しないというのに。
『我はレクイエム・ホープ。
見ての通り武器だ。』
闘夜は驚かない。
驚きなどというレベルでは表せなくなっていた。
『我が主、一神 玄武に言われてここに参った。
主に力を貸してやってくれ、と』
「一神…!?」
聞き覚えがある。
闘夜は癒姫の方を見る。
信じられないといった様子で驚いている。
…ま、それも無理ないな。
そう考えながら頭を落ち着かせて早速質問に入る。
「力を貸すって…どうやって?」
『主の武器となり共に戦うと言うことだ』
「戦う…俺が!?」
自分の事を指さし尋ねる闘夜。
『戦わないのか?』
考えてもみなかった事だ。
闘夜はこれまで一度も戦った事はなかった。
自分の肉親に殺されそうになったあの日ですら、逃げていた。