冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-7
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龍也と楓が正に戦闘を始めようとしていた時、アキレスと闘夜はにらみ合っていた。
言葉もなく、ただ沈黙の雰囲気が流れる。
癒姫は闘夜の横で膝をついて顔を伏せている。
闘夜の耳には微かに嗚咽が聞こえている。
闘夜は癒姫の方を見ようとはしなかった。
ただ、癒姫を泣かせている者を睨んでいるだけだった。
「どいてくれないか」
ついにアキレスが沈黙の雰囲気を打ち砕いた。
「俺には大事な用がある」
「その用を聞かせてもらえるか?」
「…名も教えぬ者に語る事でもない」
闘夜は一瞬たじろいだ。
確かにこちらの事は教えず、相手のことだけ聞くというのも自分勝手なことだ。
仕方ないと、ため息を一つついて
「俺は神無月 闘夜だ。」
その言葉を聞いた瞬間、アキレスは睨むのをやめ、己の中に生じた疑問をぶつけた。
「戒にそんな名前の者はいなかったと思うが…新人か?」
「俺は戒のメンバーじゃない。
というより、俺は冥界の人間じゃない。
地上の人間だ」
「地上の存在を知っているのか!?」
アキレスは驚愕している。
闘夜にはそれが分からなかった。
「知ってるも何も俺はそこから来たんだ」
「地上から…やってきただと!?」
闘夜は何に驚いているのか分からない。
そんなに驚くべき事なのだろうか?
確かに地上から来るという事に関しては自分でも未だに信じ切れていない部分がある。
自分の能力がなければここに来ることなどありえなかったのだから。
だが、今のアキレスは地上というワードを自分が知っている事に関して驚いている。
「そうか、お前も”能力”を持つ者か」
アキレスは納得したように口元に笑みを浮かべる。
「さぞ大変な人生を送ってきた事だろうな」
闘夜はこのセリフに対して怒りと驚きを覚えた。
…何故、そんなことが分かるんだ?
…知ったような事言いやがって!
「まぁ、それはいい。
今度は俺がしゃべる番だな。
俺の目的はただ一つ。
死神の抹殺だ」
「!?」
その言葉に一番驚いたのは癒姫だ。
それもそうだろう。
死神の抹殺。
それがどういった事を意味しているのか、闘夜には分かるはずもない。
「それがどういう事になるか、分かって言ってるんですか!?」
癒姫は立ち上がって叫んだ。
「ああ、分かってるさ」
アキレスはこともなげに返事をする。
その顔つきはまさに真剣そのものだ。
死神とは冥界全土を収めているいわゆる王のような存在だ。
一神は北を、二神は東を、三神は南を、そして今は亡き四神は西を、それぞれ区分して管理している。
そんな彼らを殺してしまえば民衆は混乱し、何をしでかすか分からない。
アキレスは正にそれをやろうとしている。
いや、すでに一人を手にかけてしまった。
「俺は全ての死神を殺す。
俺自身とみんなの為に!」
「どうしてですか!?
あなたは死神に…、いえ、他ならぬ四神様に救われたあなたが何故!?」
「憎いからだ」
アキレスは顔に憎悪を浮かべながら呻く。
「四神が…、死神が憎いからだ!!」
「死神とあなたの間に何があったんですか!?」
癒姫の疑問を聞いてアキレスは感情を押し殺した。
「お前には関係のないことだ」
「関係ならあります!」
目に溜まっている涙をぬぐう。
闘夜は二人の話から状況を把握しよう脳をフル回転させていた。