冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-19
「ど、どうなってるんだ!?」
闘夜は困惑しきっている間にも少女は笑っている。
「その武器…偉いね…主を…守ろうと…してる…。
大丈夫…殺さないわ…だって…仲間…ですもの…」
少女はゆっくりとその場から立ち去っていった。
もはや闘夜には追えない。
もちろん、癒姫にも。
「仲間…?」
その一言が闘夜にはひっかかっていた。
いや、認められなかった。
「俺と…あいつが!?
仲間…」
闘夜の活動範囲の限界が来た。
意識がどんどん闇の中に落ちる。
…守り、きれなかった…
身にしみる悔しさを残したまま、闘夜の意識は完全にとぎれた。
◎
「ぅ…」
うめき声と共に闘夜は目覚めた。
一番最初に視界に入ったものは蛍光灯だ。
…眩しい。
少しの間まぶしさに浸ってから体を起こした。
「っ痛!」
体に激痛が生じて闘夜はベッドに再び倒れ込む。
少し体を起こして気がついたが、この部屋は自分が冥界の中で初めて癒姫と会った所だ。
たちまち癒姫の冷たいセリフが頭の中で反復される。
「大丈夫ですか?」
そんな時聞こえたのは癒姫の声。
「ああ、何とか生きてるようだ」
苦笑を浮かべながら言って見せたものの、やはり表情まで強がることは出来なかった。
「俺は…情けない男だったんだと改めて気付いたよ」
独り言のような闘夜の言葉に癒姫は耳を傾ける。
「俺は今まで自分の身すら守れない情けない男なんだと思ってた。
だから俺は最初、アキレスと言う男にあこがれた。
あいつは他人を排除してまで自分だけは守った。
俺はあの時自分を守ることができなかった」
癒姫には闘夜がいつの事を言っているのかが分かっている。
それは自分の肉親に殺されかけた時。
闘夜は何もできなかった。
死への恐怖に怯えつつ自分の首をしめる母の手をどかすこともできなかった。
何故自分が助かったのかは分からない。
何故母がそのような行動に出たかも分からない。
奇妙な”能力”を持った自分を恐れての行動かもしれないと、予測をたてるだけしか今の闘夜にはできない。
「でも、お前は違った。
お前はアキレスとは反対だった。
自分の身を犠牲にしてまで他人を守った。
俺は、そんなお前に感動した。
だから俺はお前のようになりたいと思ってお前の味方についたんだ」
「・・・・・・」
癒姫は何故か悲しそうな顔をしている。
「でも、俺はお前のようにはなれなかった。
最後の最後でアキレスを殺してしまった…」
「それは違います!」
癒姫が身を乗り出して闘夜に言い放った。
「闘夜さんはちゃんとアキレスさんを止めてくれました!
それが死神や私、それにアキレスさん自身を守ることになったんです!
闘夜さんは…ちゃんと守りました。
私なんか、闘夜さんに任せるだけで何もできなかった…」
守れなかった。
その言葉が場に重い雰囲気を与える。
アキレスは苦悶の表情を浮かべながら殺された。
二人にとって守らなければならなかった存在は、もう冥界にはいないのだ。
「俺はあいつを許さない」
闘夜が低くつぶやいた。
その瞳には怒りがにじみ出ている。
「俺とあいつは仲間なんかじゃない。
俺はあいつを絶対に倒す」
握った拳を怒りでふるわせながらつぶやく。