冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-11
闘夜は瓦礫の上に着地し、辺りを見回す。
…俺がやったのか!?
どうやら自分が力を持ったことを信じ切れていない様子だ。
「これなら…」
闘夜が浮かべた自信も一瞬で消えてしまった。
何故ならアキレスが言葉を中断させるように闘夜の体を切ったからだ。
「致命傷ははずしたか…」
煙が晴れ、闘夜はアキレスの姿を視認する。
「な…何で…?」
闘夜の体は大きく斬られていた。
魂の情報が闘夜に出血を起こさせる。
「あの程度の衝撃波なら俺にも出せる」
そう言うと、アキレスは小太刀を後ろに構える。
「はぁ!」
アキレスの気合いの声と共に振られた小太刀は主の命令通りに風の刃を発生させる。
「なっ!?」
闘夜は驚いて体を動かそうとするが、先ほどの怪我で体があまり言うことを聞いてくれない。
…やられる!
闘夜に向かって進んできた衝撃刃は突然目の前に現れた別の者に当たった。
「癒姫!」
癒姫は衝撃刃に全身を切り刻まれて、吹っ飛ぶ。
闘夜は体の怪我を無視して癒姫の方へと跳んでキャッチする。
そして着地。
「大丈夫か!?何で俺の前に!?」
闘夜が眉尻を下げて尋ねると、癒姫は笑った。
暖かい笑み。
「俺を殺すんだろう!?
生かしてどうすんだよ!?」
「私は…」
癒姫が呻くように言葉を発する。
「私は…戒です。
戒の任務は市民を守ること…ですから」
「バカ!
俺は冥界の市民じゃないんだぞ!?
何で俺を…俺を守るために体張ったんだよ!?」
闘夜には分からないことだらけでパニックを起こしている。
感謝の言葉が言えずにただ癒姫に疑問をぶつけてばかりだ。
「これ以上…アキレスさんに人を殺して欲しくないんです…。
だから私はあなたを守りました」
そう言うと癒姫はボロボロの体で立ち上がった。
「お、おい!癒姫!?」
「大丈夫、です。
私は。アキレスさんを、止めます…」
強い台詞とは反比例して足の方はフラフラだ。
息もかなりあがっている。
「私は、守りたいんです。
だから、私は、強く…」
全てを言う前に癒姫は意識を失った。
崩れる体勢は闘夜が癒姫を支える事によって保たれる。
「癒姫…」
癒姫は強かった。
自分とは全く違う強さを持っていた。
自分は今持っている木剣を手に入れて守る為の力を手に入れた。
そう、思っていた。
だが、闘夜は自分を守るためだけの力しか手に入れていなかった。
いや、あるいはそれすら目の前の敵には通用しなかった。
今の闘夜は全く別の力を求めていた。
…力が欲しい。
自分を守る力ではなく、他人を守る為の力を。
癒姫は他人の為なら自分の身を差し出す事すら厭わなかった。
自分もそうなれたらいい、と心の底から思った。
『月出ずる時近し…』
闘夜に握られていた木剣は誰にも聞こえないような声でそっとつぶやいた。