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憲銀の恋
【純愛 恋愛小説】

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互いの事情-1

「部屋来るか?」

 二人の唇が離れたとき憲銀が小さな声で聞いてきた。もう一度憲銀を強く抱きしめる。それが私の返事であった。

 中央公園をはさんでセンターの反対側に10棟ほどの市営アパートがある。そこが憲銀の住まいだという。私が立ち上がると憲銀も慌てて立ち上がり腕を絡めてきた。

「私の部屋、ここの4階」

 周囲を憚るような小さな声でそういうと、絡めた腕を解き狭い階段を上っていく。私も後を追った。

 部屋の中は驚くほどこぎれいに整理されていた。壁に1枚の真っ赤なチャイナドレスがかけてあるのが印象的であった。

「これ妹の形見ね」

 憲銀はこの部屋で妹と二人で暮らしていたのだ。整理ダンスの上に妹と思しき写真が小さな額に入れられて飾られている。

「妹の思い出、これだけね」

 冷たく冷えたコーラを私に差し出しながらそういうと憲銀は台所の奥に消えた。程なくシャワーを使う音がした。

「トーミンもシャワーするか」

 濡れた髪を拭きながら憲銀が私にシャワーを勧める。憲銀が案内してくれたそこはベランダを改造した粗末なものであった。勿論浴槽などは無く簡単な温水器とシャワーノズルだけが付いていた。

 シャワーを使い部屋に戻ると電気が消され小さな補助灯だけが付いている。ぼんやりした明かりの向こうに布団が敷かれその上で膝を抱き、小さくうずくまる憲銀の影が見えた。

 憲銀の横に腰を下ろし身体を引き寄せると、憲銀は小さく震えていた。



 部屋着の前ボタンを外すと薄暗い明かりの中でもはっきりと判るほど青白い肌が現れた。そしてその胸は私の手のひらにすっぽりと納まるほど小さかった。
 その頂の小さな突起をつまむと憲銀の体がピクンと跳ねた。

「初めてなのか?」

「初めてないけど、経験少ない」
 
 憲銀が消え入るような小さな声で応えた。
 
 健銀の胸で遊ばせていた手をゆっくりと下げ、腰を覆う小さな布切れの小高い丘で手を止めた時、憲銀は両の手で顔を覆った。
 最後の布切れを足の間から抜き取り、私が憲銀の中に入ったとき、憲銀の口からは引き絞るような声が出た。

「まぁーま(お母さん)」

 母に助けを求める叫び・・・・憲銀はこの時確かに自分の母に助けを求めていた。まるで無垢の少女が始めてその純潔を奪われる時のように。

 私が果てる迄、憲銀は体を固くしていた。そこには愛しあう男と女の歓喜の喜びなどかけらも無かった。

 果てた後のけだるさの中で私は薄暗い補助灯の明かりを見つめていた。憲銀のこの反応に、私には歓喜の喜びなど訪れてはくれない。そんな私の様子に気付いたのか憲銀が声をかけてきた。

「私、経験少ない。だからどうしていいか解らない。トーミン怒たか?」

「怒ってなんかいないさ、ただ憲銀が私に抱かれる事を少しも喜んでいないことが判って悲しくなっただけだ」

「ちがう、それちがうよ」

 薄明かりの中で憲銀は私の言葉を必死で否定した。

「わたし、中国に娘とだんなさんいる。だんなさん以外の男の人とセックスするの初めて。だからとても怖かた。トーミン嫌いのと違う」



 憲銀に娘と夫?

 そんなはずが無い。さっき抱いた憲銀のそれは処女ではなかったが、経験の少ない少女のそれのようにまるで固かった。憲銀の一番深いところまでたどり着くのにてこずったのだから・・・。もし憲銀が既婚者であり経産婦であるならばあれほど固いはずがない。まるで無垢であった。

 言葉を失い無言のままの私に憲銀が続けて言った。

「わたしセックスあまり好きじゃない。中国のだんなさんとは結婚した後一度だけした。直ぐに子供で来た。娘おなかに居る間ずと気持ち悪かた。ゲーゲーね。子供おなか切て生んだけど、その後だんなさんとは一度もセックスしていない。でもわたしだんなさんのおくさん。おくさんだから他の男の人とセックスするの悪い事。だから怖かた」

「憲銀、君は一体何歳なんだ?」

「三十二才になたよ」

 私は何もかも思い違いをしていたようだ。憲銀が留学生だと言った事、更に小柄であまりに幼い顔立ち故に未だ二十代の独身女性だと勝手に思い込んでいたのだ。それが三十台の、それも子供の居る既婚女性だったとは・・・当惑する私をよそに憲銀が静かに語りだした。

「わたしの家貧乏ね。お金ない。大学行きたかたけど貧乏だから行けなかた。高校でて理容師の免許とて直ぐ働いた。妹、頭良かたからわたしいっぱい働いて大学行かせた。妹、大学卒業して北京の会社就職したけど直ぐ結婚ね。娘生まれたけど共稼ぎ。でも中国、女の地位低い。女、いい仕事少ない。もといい仕事ほしいだから妹、娘とだんなさん中国に置いて日本の大学に留学した」

 憲銀は何かを思い出すように言葉を切った。そして再び話し出した。

「娘生まれた後、私のだんなさんいつもセックス欲しがた。結婚したらセックス義務ね。でもだんなさんのセックス痛い。子供出来たら又ゲーゲーね。おなか切るのも嫌。毎日喧嘩。娘愛してるけどだんなさんに愛情無い。娘と別れるのつらかたけど、私も自分の店売て妹居る日本に留学した。日本語出来なかたから最初日本語学校ね」

 憲銀の年齢にも驚いたが、たった一度のセックスで妊娠し、その後夫とは一度も交わっていないという憲銀の言葉をにわかに信じる事はできなかった。しかしほんの少し前の憲銀の硬さと反応がそれを物語っていた。ただ、それほどセックスを嫌っていた憲銀が何ゆえに私を受け入れたのかが不可解だった。


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