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憲銀の恋
【純愛 恋愛小説】

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突然の手紙、そして追憶-1

「とーみん、元気か?風邪ないか?
とーみん、老人だから、私心配。
桂林もう冬。だからとても寒いけど、私元気。
お客さんの髪毎日沢山切っているから元気

憲銀からの手紙びっくりしたか?
桂林に帰ってもう三年経つけどいろんなことあた。
毎日たくさん泣いたけど今は大丈夫。

とーみんは泣いてないか?
大丈夫か?
憲銀は家族すぐ傍にいるから大丈夫けど
とーみん老人,いつも一人ぼちだから心配してる。
私傍にいないからとても心配



憲銀はとーみんのことをいつも考えてる。
寝るとき、目をつぶるといつもとーみん出てくる。
いつもとーみん元気ない。
だからとても心配。
元気だたら返事する。


 ”広西チワン族自治区桂林市 憲銀”



 突然届いた封筒の裏を見ると懐かしい書体でそう書いてある。間違いなく憲銀からの手紙であった。

 戸惑いが私を襲う。

「・・・もう三年も経つのに」

 飾り気の無い白い便箋に記されたたどたどしい文字を追うとあの憲銀の声が、そして顔が蘇ってきた。

 ”後悔” ”懺悔” そして ”自責の念”

 それが私の中にある憲銀に対する気持ちの全てであった。それ故に自分の意識の中から憲銀の事を葬り去ろうと勤めてきたのである。そんな私に憲銀から思いもよらぬ手紙が届いた。



トーミン、誰かいい人できたか?
トーミン優しいからきといい人できたね。
私、まだ一人、
日本語話さないから下手になるよ。
トーミンが買てくれた電子辞書見ながらこの手紙書いてる。
毎日、日本のことを思い出す。
毎日、トーミンのこと思い出す。
毎日、沢山髪切れるから嬉しけど、トーミン傍にいないからとても寂しいよ




 私に対する恨みなど何処にも感じられない、そして何処までも無垢な憲銀の言葉がびっしりと便箋を埋め尽くしていた。



とーみんの手紙まてるよ」




 事業の失敗、家族の離散、私は自己破産者となった。
 死を選ぶより余程ましだと思い、何もかも捨て自己破産を選んだのだが、待っていたのは突き刺すような北風、凍てつく雨、そして空腹・・・、いつしか私はホームレスの群れの中にいた。

 デパ地下の試食品や夜回りの炊き出しで飢えを凌ぎ、図書館の階段下で夜を過ごす。そんな生活が既に二ヶ月以上過ぎていた。
 
 ノラ犬、まさしく私はノラ犬そのもの。私がかつて属していた世界に戻る意欲も希望も無く、ねぐらと食べ物を求め、ただ街をさ迷い歩く。そんなノラ犬に暖かな春の到来がありがたかった。

 ノラ犬に残されたただひとつの自己確認が文を読みそして書くという事。開館と同時に図書館に飛び込み閉館ギリギリまで読み漁り、書きなぐった。

 図書館の閉館日、私は近くの市民センターに向かった。ここにも多くはないが小説やや雑誌が雑多に並べてあり、文を書く机があった。

 図書館の休刊日に私がいつも陣取る席に先客が一人、小柄な若い女である。椅子の上で胡坐をかいたその姿に少々の当惑と違和感を感じたが、今時の若者の事だと大して気にも止めずその女の二つ前の席に腰を下ろした。そして原稿用紙の升目を埋めていくうちにその若い女のことはすっかり忘れ去っていた。

「ちょといいか、これ何の意味?」

 突然背中のほうで声がした。振り向くととっくにいなくなったと思っていた胡坐(あぐら)の若い女が未だそこにいた。周りを見渡してもこの室(へや)にいるのは女と私の二人きり。若い女は私に声をかけていた。

 それが憲銀と私の初めての出会いであった。


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