『詠子の恋』-7
「うわ……」
ショーツの、ちょうど股間にあたる部分に、出来たばかりの“染み”が丸く浮かんでいた。透明なきらめきが、その粘度の高さを物語っているようである。
からから、と、ペーパーを右手に巻き取ると、それを股間に押し当てる。
にちゃ…
「!」
と、思ったよりも湿度のある感触がペーパー越しに感じ取られて、濡れた密度の濃さに、自分の身体が興奮しているのだとはっきり思い知らされる詠子であった。
こし、こし…
「ん、く……」
濡れた部分を拭く。しかし、“拭く”のとは違う指使いが混ざって、濡れた部分全体を刺激するように、詠子の右手が妖しい動きを交えるようになった。
「は……ん……んぅ……」
右手の動きに応じて、詠子の吐息に艶が帯びる。彼女は、明らかに自分の意思で、“自慰”を始めていた。
(だ、大学のトイレで、なにしてるの、わたし……)
理性は、そのように問いかけてくる。
「くっ……んっ……ん……んふ……」
しかし、指の動きは止まることを知らず、汚れた部分を拭ったはずのペーパーは既に指から剥がれ落ち、足元に広がる便器の水溜りにその全身を浸していた。
(やだ……ゆび、とまらない……)
一度その気になって始めてしまえば、どうにもならない。自分の身体が文字通り十分に“慰められる”まで、指を動かして刺激を与えるしかないのだ。
詠子も、やはり年頃の女子なので、“自慰”を適度な回数は行っている。これまで公言している通り“歴史と本が恋人”と言う彼女ではあるが、部屋の四方を囲む蔵書の中には、“鳴澤丈一郎”という作家の“剣戟性愛小説”いわゆる“官能小説”のシリーズ本が全て揃っていて、性的なことに無関心というわけではないのだ。ジャンルとしては、詠子の好きな“剣戟もの”ではないが、“官能小説”の著名な作家である“安納郷市”の本も、棚には並んでいる。
文学的にその表現に多々触れてきた彼女は、“耳年増”ならぬ“読み年増”なところがあった。物語の中で、主人公の愛撫に声を挙げるヒロインたちの姿を自分に置き換えて夢想しながら、指を濡らして身体の興奮を慰めるのは、よくあることだったのだ。
くちゅ、くちゅ、くちゅ……
「ん、んんっ……んぅ……ん……」
口元を押さえながら、陰唇を指でかき回す。濃度を増した“蜜”が指に絡まって、それが陰唇に塗されて、透明なきらめきをその場所に生み出した。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ…
と、糸を引きながら、指の間をすり抜けて“淫蜜”が滴り落ちる。陰唇の周囲を囲む、“絨毯”を思わせるほど濃い陰毛にもそれは纏わりつき、粘りつく水玉のきらめきを残していた。
(あの、小説の主人公も、“吉川”だった……)
陰部から駆け昇ってくる快楽に、脳内を霞ませながら、詠子は、“鳴澤丈一郎”の作品群の中で、もっとも好きなシリーズ“素浪人・新五郎”の物語を思い起こしていた。そのシリーズの主人公は、名前を“吉川新五郎”といい、山陽の大名家出身という設定なので、読みこそ“きっかわ”であるが、字面では吉川と同じ姓である。
お家騒動を免れるために、兄たちより優れた器量を持ちながら、自ら出奔した新五郎が、行く先々で出会った女性たちを救い、同時に、性的な交流もまじえながら、成長していくという物語である。新五郎と関係を持つ女性は、美人後家から始まり、女武芸者、小藩の姫君、村娘、くのいち、女盗賊、女岡っ引きなど、枚挙に暇がない。
そんな新五郎が、しかし、最後に選んだ女性は、様々な事件に首を突っ込んでは、瓦版を刷って生計を立てている、女物書きだった。その女物書きは、一番最初から物語に出てきたキャラクターで、とある事件を深追いしすぎて、体も命も奪われそうになったところを新五郎に助けられ、以来、事件を呼び込む新五郎を“飯の種”とばかりに自分の長屋に住まわせ、一緒に事件を追いかける、いわゆる“狂言回し”というべき位置にいる人物だった。
女物書きは、“道を歩けば女に当たる”というぐらいハーレム状態であった新五郎が、一緒に住んでいながら唯一手を出していなかった女性であり、いつのまにか秘めた恋心を抱くようになったその女物書きが、新五郎と最後に結ばれるという結末は、非常に痛快かつ爽快で、何度読んでも詠子は飽きなかった。
女物書きと新五郎の間に交わされる性愛描写も、それだけで一章節が使われるほど濃厚なものになっていて、非常に興奮させられた。
なにしろ、その女物書きは、劇中の名前を“お詠(およみ)”と言うのだから、詠子はもう他人のような気がしない。その“お詠”に自分の姿を重ね合わせて、自慰に耽ったことは数え切れないほどだった。