投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

『詠子の恋』の最初へ 『詠子の恋』 19 『詠子の恋』 21 『詠子の恋』の最後へ

『詠子の恋』-20

 そして、次のゼミがある日…。
「!!」
 詠子のフレームが、白になっていた。
「………」
 さすがに吉川は、動揺した様子で、詠子に返すべく手にしていた弁当箱をぶらさげたまま、言葉を失っていた。
「お、おはよう、須野原さん」
「おはよ」
 何とか搾り出したような吉川の声に、詠子は反射的な反応しか返さなかった。
「今日は、最高に絶好調だな、須野原」
 あの塚原でさえ、詠子のキレのある訳読に舌を巻き、感嘆していた。それほどまでに、詠子は周囲を隔絶して、ゼミにのめり込んでいたのである。
「………」
 ゼミが終了し、塚原が退室したことで、沈黙が教室の中に生まれた。吉川は、弁当箱を返したいのだが、それが出来ないと言った様子で、詠子を黙ってみていた。
 だが、いつまでも黙っているままではいけないと思ったのだろう。
「須野原さん、あのさ……」
「なに?」
 白いフレームさながらに、“白眼視”を吉川に向ける。
 しかし吉川は、それをまともに浴びながらも、逃げるようなことはしないで、覚悟を決めたように言葉を続けた。
「僕、ひょっとして、君になにかしでかした?」
「………」
 しでかした、というわけではなく、何もしなかった、という方が正しいのだろう。そして、吉川は、悪いことは何もしていない。詠子が自分勝手に、機嫌を悪くしているという方が、おそらく正しい。詠子も、本当はそれをわかっている。
「多分、僕のやった何かが、須野原さんに、その眼鏡、かけさせちゃったってことだよね」
 そんな吉川の表情を見ていると、自分の行動が児戯に等しい行為だと自覚できて、詠子は、隔絶させていたはずの心をわずかに揺らした。
「えっと、僕、君に何かしでかしたのなら、ちゃんと謝るから」
「キミ、本気で言ってる?」
 さらに鋭い“白眼視”を吉川に向ける。う、と吉川が後ずさりするぐらいに…。
 しかし、そんな強烈な視線を送ってから、詠子はひとつ深い溜息をついた。
(こんな、子供じみた真似はやめよう)
 詠子は、別の意味で覚悟を決めた。
「あのね、吉川クン」
 “白眼視”を受けて、まるでメデューサに見つめられて石になったかのように固まっている吉川に向けて、詠子は、秘めていたものを全てぶつけることにした。
「キミのこと、好きになったのに、どうして気づいてくれないのかな」
 それは紛れもない、詠子の“告白”だった。
「………!」
 吉川は一瞬、彼の周囲の時間でさえも止まっていたかのように身動きをしなかったが、次第にその頬に赤みがさしていき、やがて、顔中が茹で上がったように真っ赤になった。
(あ……)
 その反応を見て、初めて詠子は“脈”というべき“手応え”を感じた。
「キミ、本当に鈍感なんだね」
 やっぱり、きちんと言葉で伝えないと、いけなかった。詠子は、白いフレームの眼鏡を外すと、それをケースの中に仕舞って、最近はメインになっている赤いフレームの眼鏡を身に着けた。
「須野原さん」
 それを確認した吉川が、顔を赤くしたまま、意を決したように言葉を紡いだ。
「連れて行きたいところがあるんだ」
「?」
「今日は練習日だから、その、それが終わった後で、時間くれないかな……?」
「……うん、いいよ」
 吉川からの初めての“お誘い”だ。だから、それを断る選択肢など、詠子には始めから存在していなかった。


『詠子の恋』の最初へ 『詠子の恋』 19 『詠子の恋』 21 『詠子の恋』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前