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It's
【ラブコメ 官能小説】

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☆☆☆☆-8

目の前に広がる広大な海。
きれい…
そう思ったのも一瞬だった。
気付いたら、トンネルのような場所にいた。
ひたすら歩き続ける。
どれくらい歩いたのかは分からない。
どこまでも続く暗い道。
遠くから湊の声が聞こえてくる。
自分の名前を呼んでいる。
湊!
そう叫びたい。
でも、声が出ない。
湊…どこにいるの…。

トンネルの先に、小さな光がポツリと見え始めた。
重い身体を引きずり、必死にその光を目指す…。

光の外にいたのは、大好きな人…。

「湊…」
やっと言えた。
目の前で湊が泣いている。
湊のこんなとこ、見たことない。


やっと今、分かった。
あたしは、生きてたんだ。





一般病棟に移ってから約1週間入院し、無事退院となった。
「最初は日常生活送るのも大変だと思うから」
最後の面談で主治医である奥田先生にそう言われた。
荷物を持って外に出ると、もわっとした空気に包まれた。
体力が落ちているのか、ものすごく足がガクガクする。
「あつ…」
「へーき?」
「うん…とりあえず暑い」
湊はははっと笑うと、駐車場に停めてある車のドアを開け、荷物を放り込んだ。
陽向は助手席に乗り込み、「湊の車久しぶりー」と顔を綻ばせた。
「家帰ったらなんかメシ作ってやるよ。何がいい?」
「うどん」
「じゃあうどんで」
2人で笑いながら、陽向のマンションへと向かう。
着いた頃には陽向は眠ってしまっており、湊に起こされた。
「着いたぞ」
「ん…もう?早いね…」
「お疲れだな」
部屋の鍵を開け、中に入る。
しばらく掃除をしていなかったのでホコリが目立つ。
「掃除しなきゃ…」
「今はいーだろ。体調良くなってから一緒にやろ」
2人でソファーに座る。
「ひな」
「ん?」
返事をした時、ちゅっと唇にキスをされた。
久しぶりな気がして、なんだかむずがゆい気持ちになる。
ギュッと抱きしめられる。
言葉を交わさなくても、幸せになる。
陽向は湊の胸に顔をうずめて、温かい体温を感じた。
「俺さ…」
湊がそう言ったのは5分も経った後だった。
「今でもすげー怖いの。お前がいなくなりそうで…」
「大丈夫だよ、もう元気だから」
「許せねーよ…あいつのこと…」
「……」
「何で言わなかったんだよ。隠してたんだろ?ずっと」
陽向は何も答えなかった。
でも、もう言ってもいいかな…。
湊には全て知っててもらいたい。
もう、隠し事はおしまいだ。
終わったんだから。
陽向はSNSのことから、ゆっくり話し始めた。
ブログのこと、ネズミのこと、メールや電話のこと…。
何があっても優菜は実習では普通だった。
まさか、本当に殺人未遂を起こすとは思わなかった。
今、どこで何をしているのかは分からないけど、もう忘れたい。
優菜とは、一生会いたくない。
最後に見た優菜の顔は、青ざめた顔だった。
それだけ記憶に残っている。
その後はこの世とは思えない場所でもがき苦しんだ。
気付いたら病院にいて、たくさんの機械に囲まれていた。
その時、生きてるんだって思った。
「怖かった…」
陽向は湊のシャツの裾をキュッと握った。
「生きてるのかどうかも分からなくて…。何も見えないし声も出ないし、ずっとひとりぼっちで…」
嗚咽が飛び出す。
「湊の声がするのに、どこにいるのか分からなくて、寂しくて…怖かったよ…」
湊は陽向の話を黙って聞いていた。
陽向はヒックヒックと泣きじゃくって、湊の背中を強く抱きしめた。
「湊…」
「ん…」
「湊にだけは、言えないって思ってたの…。だから言わなかった。迷惑かけると思ったから…」
「迷惑なんかじゃねーよ。俺もブログは知ってたし、お前が嫌がらせされてるかもって、思ってた。でもお前はいつもと変わんねーし…。だからすげー悔しかった。隠さないで言えって言ったのも、そーゆーことだったんだけど何も言ってこねーし…。もっと強く聞けば、こんなことになんなかったよな。ごめんな」
違うよ…。
湊のせいなんかじゃない……。
「湊は…湊は悪くないよ!」
陽向は顔を上げて湊の目を見た。
涙で歪んで見える。
「湊のせいじゃ…ないっ……」
「ごめんな、陽向…。辛かったな…」
湊は陽向の涙を親指で拭うと、壊れてしまわないように、強く、優しく抱き締めた。
涙が止まらない。
もう、湊に触れられないと思ったから。
でも今、自分を包み込んでいるのは紛れもない大好きな人。
幸せを妬まれ、別れを望まれ、底知れぬ異常な感情に振り回された。
湊は精一杯自分を守ろうとしてくれた。
例え形にならなかったとしても、今こうしていられることが幸せなんだ。


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