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霊妙
【その他 官能小説】

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霊妙-3

 小淵沢から小海線に乗り換え、ディーゼルの重い音に身を任せていると、篠原は不思議な記憶の錯綜に捉われた。
(あの時は初めての一泊旅行だったのではないか?)
それまで日帰りハイキングだったのが、誰かが言いだして、高野だったか、とにかく泊まりがけでどこかへ行こうということになったのでは?そうだ…みんな高陽していた気がする。
 篠原は目を閉じて記憶を辿った。自分も昂ぶっていたように思う。それは千秋に本心を打ち明けようとしていたからだ。……
 そうだった、と思う。どうしたことか記憶に確信がない。だが、そんな決心を胸に秘めて機会を窺っていたような……。
 そんな大事なことがこれほど曖昧とは…。妄想だったのか、決意していたのか、わからなくなった。

 「どうしたの?静かになっちゃって」
雅子は車窓の景色に子供のようにはしゃいでいた。
「昔のことをいろいろ思い出してさ」
「そうよ。私たちの出発点よ。あなたと私の…」
雅子は篠原を見据え、そっと手を握ってきた。

 その夜、篠原は抑制が利かないほど燃えた。
インターネットで検索しても『勿忘草』というペンションは見つからず、思いきって八ヶ岳山麓の高級ホテルにしたことも要因となったのかもしれない。雅子もセミスイートの豪華さに昂奮を隠しきれず、
「あなた…一つのベッドに寝ましょうね…」
篠原を迎える体の疼きを抑えかねているようだった。
 満天の星を眺め、寄り添いながら口づけを交わし、そのままベッドに重なった時、人の気配を感じた。同時に背筋に冷たい風が触れ、部屋を見回した。
(誰もいない)
窓もカーテンも閉まっている。……

「どうしたの?」
とろんとした目で雅子が言った。
「何でもない……」
「篠原さん…」
雅子が濡れた唇から舌を覗かせた。
「なに、それ…」
「学生時代に戻りましょう……あの頃を思い出して……篠原さん……」
一物がぐんと漲った。
「雅子さん……」
「ああ!いい!」
身をくねらせる雅子の体を貪りながら、篠原の頭にははっきりと『千秋』がいた。
(千秋……)
 胸から腹部へと舌を這わせ、移動していく。どこを吸っても雅子は狂喜した。うつ伏せにして背中も舌先でなぞっていった。雅子は自ら尻を突き出してくる。
(千秋……)
丸い尻を抱えて頬擦りをする。谷間の柔肉はすでに山襞まで濡れ、開くと、とろりと淫液が垂れた。
 菊の蕾を舐め、舌先をねじ込むように動かした。まるでミミズが地中に潜り込むように。……
「ダメ!ダメよ!」
入る、と思ったのか、雅子は尻を振って叫んだ。その直後、舌は潤った割れ目を抉った。
「あうう」
反射的に前にのめり込む体を引き戻し、篠原は呑み込むほどに秘部に口を当てて舐め回した。
「ううう!」
一瞬引いた尻がすぐにぶつかってきた。
「もっと!」
はっきり口に出して言った。
 篠原にも火がついた。新たな雅子の絶叫を聞いて、尻を抱えてペニスを突き刺した。
「あうーん!」
(千秋!)
雅子の声が千秋になった。
 我を忘れて突いた。ふだんなら雅子の反応を確認しながら愉しむ余裕があったが、この夜は自制が利かなかった。
 千秋と一体となっている!
錯覚が現実と重なって、篠原は声を上げて打ち込んだ。
「おお!」
張り詰めたピアノ線が限界を超え、ぷっつりと切れた。
(千秋!)
極まった。がくんと倒れかかるのを堪えてどっと射精した。


 その日から篠原は夢を見るようになった。不思議な夢である。千秋が現れて、哀しそうに微笑むのだ。夢だから脈絡は曖昧で、筋立った流れははっきりしない。

(やっと近くに来てくれたのに、会ってはくれなかったのね……)
(近くって、清里にいたの?)
(近くよ。あの日から、ずっと…)
(あの日?……)
(勿忘草……)
(ああ、憶えている。でも、あの時はみんなと一緒に帰ったじゃないか)
(ちがうわ。私一人残ったでしょう?忘れてしまったの?)
(そうだっけ……)
(そうよ。あなたを待っていたのよ……)
(そうだったのか。……ごめんよ。実は、僕も……)
言いかけると、突然背景に白樺林が現れて、千秋は身を翻して闇に消えた。

 だいたい同じような内容だった。いつも気持ちを伝えようとすると千秋は消える。
(想いを打ち明けられなかった後悔が今でも心のどこかにあるんだ……)
篠原はふと目覚めた闇の中で苦い青春を噛みしめた。

 過ぎ去った時間はどうする術もない。自分は雅子との人生を歩いている。千秋とのことは辛かったが、思い出としてしまっておこう。篠原は毎夜念ずるように心で呟いて床に入った。
 しかし、ひと月経っても夢は続いた。そして気持ちに変化が起こった。音もなく、和紙に滲んでゆく水のように、彼の心に『千秋』が拡がっていった。
(あのペンション……まだあるんじゃないか?……)
そんな気がしてきた。協会にも属せず、ホームページも作らずにひっそりと営業していることだってある。
 そこに千秋はいる……はずはないが、篠原は追い立てられるように落ち着かなくなった。
(きっとある……)
執着する想念が離れない。どうかしていると思いながら矢も楯もたまらなくなった。
 篠原は次の週末、妻に出張と偽って清里に向かった。


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