命令-1
〜第5話〜
翌朝。
朝食を終えて浩二を送ったあと、毎日過ごす一人の時間。
専業主婦。というのは珍しく美香の周りにはあまりいない。
独身の友達はもちろん。結婚した女友達も皆パートなど働きに出ている。
大企業に勤める浩二のもとに嫁いだおかげで働く必要はなかったが、
特にする事もなく暇を持て余していた。
いつもの情報番組を見ながら、コーヒーを飲み時折ぼんやりと携帯を見るも、
昨日ほど強く斉藤の事は考えず、携帯もあまり気にしないようにしていた。
このまま時間が過ぎれば・・・忘れられるはず。
しつこい程、呪文のように自分に言い聞かせた言葉。
おかげで今日は自分から連絡しようとは思わなかった。
ちょうどテレビ番組がCMになり、その間にトイレに行こうとソファから立ち上がった瞬間。
テーブルの上にある携帯から着信音が鳴った。
誰からの着信か気になる。
「まさか、斉藤・・・?」
昨日あれだけ待ってかかってこなかった電話。
自分の心が鎮まりかけようとした時に。
また斉藤じゃなかったら、自分はホッとするのか・・・?
それともまた斉藤じゃなかった事に寂しくなるのか・・・?
斉藤なら・・・悦ぶのか・・・?
着信音が鳴ってから一瞬で複雑な気持ちが入り乱れる。
携帯を取り、画面を見る。
斉藤 雅彦。
美香にとって望んだ相手か不幸を呼ぶ相手か・・?
紛れもなく電話の主は斉藤だった。
通話ボタンを押す手が一瞬止まる。
随分長く着信音が鳴っている。留守電に切り替わるか斉藤に切られるか。
が、鳴りやむ前にボタンを押した。
「も、もしもし・・」
声は震え、心臓の音が聞こえそうな程ドキドキしていた。
「随分出るのが遅かったじゃないか。もう少しで切るとこだったぜ」
聞き覚えのある意地悪で低い声。
「まぁ、いいや。昨日は張り込みの仕事があってな。電話に出られなかったんだ。
まさか、美香から連絡があるとは思わなかったぜ。
もう俺に会う気も話す気もないんじゃなかったのか?」
スラスラと口から出まかせを吐く。
電話もわざと出ず、張り込んでいた相手は他ならぬ美香なのだ。
「・・・で、何の用だったんだ?」
急に何の用だったと聞かれても、どう答えていいものか言葉に詰まる。
素直に身体が斉藤を求めてる。忘れられなくて電話した。なんて言えるわけもない。
「え・・っと・・・その・・」
斉藤の声を聞いて、身体が求めているのはハッキリとしていた。
忘れる。なんて簡単にできない事を改めて思い知らされる。
だが、自分の口から、なんて言えばいいかわからない。
「なんだよ。用もないのに電話してきたのか?」
美香が何を求めているのか知っていてわざと追い詰めるような質問を繰り返す。
「そ、そうじゃないけど・・・」
「くっくっ・・相変わらずだな。しょうがねぇ。質問を変えてやるよ。
それも答えられなかったら、電話を切るからな」
質問を変える?
一体どんな質問をしてくるの?・・・答えられなければ・・終わる。
無言のまま最後の質問を待つ。
「あの真面目そうな旦那で・・・満足できるのか?」
それは再会した時と同じ質問だった。
あの時「あなたには関係ないでしょ」と答えた質問。
質問は同じでも、答えは全く違うもの。
斉藤はその答えが聞きたかったのだ。
「満足・・・」
答えてしまえば、斉藤を喜ばせる事になり、自分の体も満たされる。
だが、同時に浩二を裏切る事になる。
何度も天秤にかけた。
ここで答えなければ終わってしまう。
その正直な気持ちが美香を動かした。
「・・・・・できません」
「よく聞こえないな。ちゃんと繋げて言えよ。旦那の肉棒じゃ・・?」
「満足できません」
今度は導かれるように即答した。
「そうか。じゃあ美香は誰のなら満足できるんだ?」
「それは・・・雅彦さま・・です。雅彦さまのじゃないと、満足できないんです・・」
まるで催眠術にでもかかったようにあっさりと質問に答えていく。
守り続けていた心の壁を斉藤は見事に打ち崩し美香に素直な返事をさせた。
「ちゃんと素直に答えれるじゃねぇか」
(どこまで言う事を聞けるか、試してみるか)
「俺に会いたくて仕方がないんだろう?」
「・・・はい・・・」
「だったら、俺の命令は・・・絶対だな?」
「・・・はい・・・雅彦さまの命令は・・絶対です」
斉藤のこの言い方に美香は弱かった。
本人も気づいてないが、身体は熱くなり秘部からは既に愛液が下着を汚す程溢れていた。
今すぐ家に来い。そう言われると思っていたが、斉藤はそんなに甘くはなかった。
「くっくっ・・この前スーパーで会った時とはずいぶん態度が違うじゃないか。
久しぶりに味わった本物のセックスを身体が思い出したのか?」
愛する者から愛撫を受け、一つになる。例え激しい絶頂はなくても相手が満足なら、自分も満足。
浩二と知り合ってから、そういうものだと思う事にした。
身体の交わりは愛の表現の一つに過ぎない。と。
だが、自分の身体は・・・そのウソで塗り固めていた自分の身体は、斉藤との再会であっさりと剥され、普通では満足できない身体だという事を再認識させられた。
「・・はい・・あの日、雅彦さまに抱かれた・・私には・・私の身体は・・雅彦さまを忘れる事なんてできませんでした・・」
目の前で言われる時よりも、携帯を耳に押し当て聞いている方が斉藤の独特の声が直接脳に響き渡り、余計素直に答えてしまう。