消えた気配T-1
真夜中の王宮では誰も眠りに就くことが出来ず、それぞれの部屋で静かに時を過ごしていた。
葵とゼンが飛び出してから、九条や仙水は一言もしゃべらない。時折、遠くを見つめる様子をみせるのは葵の気配を確認しているのだろうとわかる。
ゼンが傍にいるのなら葵に危険が及ぶことはなさそうだが、彼女に好意を寄せている彼が何をするかわからない。それでも・・・今葵を迎えに行っても彼女を困らせることになる。
普段器用に立ち回る仙水ですら・・・苦しんでいるようにみえる。
「神官になったのは私の意志・・・葵様を守ることが私の・・・・」
辛そうに細められた仙水の目には戸惑いの色が浮かんでいた。よりにもよって秀悠の言葉を思い出す。
『人としての幸せを・・・』
(彼女が普通の人間だったなら私は・・・)
葵がただの町娘だったら、仙水はこの想いを打ち明けていただろう。彼女の笑顔を目にしたときに湧き上がるこの胸の温かさ、彼女が男と一緒にいたら嫉妬する気持ちも、きっと偽ることなく・・・ただ貴方が愛しい、傍にいて欲しいと。
脳裏に浮かぶのは人の目も気にせず、抱きしめて彼女の髪を撫でることの出来る普通の恋人同士の情景。
「・・・そんなこと葵様が望んでいるわけがない」
「これは私の一方的な願いなのだから・・・」
「それとも・・・
皆の幸せを願う貴方なら・・・私のこの願いさえも叶えてくれるのだろうか・・・」
共に出かけたわずかな時間。
仙水が己の気持ちに気付くには十分な時間だった。伴侶のように連れ添って、その小さな肩を抱きしめると優しく微笑む葵の笑顔がすぐそこにあった。
それを目にした人々からはお似合いだと微笑ましく見守ってもらえる。恋人ではないと否定する必要もなかった。
それがあまりにも幸せで、自分の置かれている立場を忘れてしまいそうになっていた。
「こんな私を情けないと・・・
葵様は私を咎めるでしょうか・・・・」
小さな仙水の呟きは遠く離れた葵の耳には届いていない。
この後、葵の気配が絶たれ・・・
神官たちが動き出すまで時間はかからなかった。