紅館の花達〜双女花・返り咲き〜-1
カララ〜〜〜ン………
ゼロの手から、バケツが落ちた。
ゼロは信じられない物を見たという表情で私を、そしてハイネルシスを見ている。
『…………ゼロ、別に私は〜』
だが、ゼロは聞こえていないようだ。 それどころか、目がウルウルとしていて今にも泣きそう……
確かに、現状はちょっと変だが、別にやましいことをしていたわけじゃないんだけど………
話は少し遡る。
いつもと同じ紅館の日常。 今日の仕事は風呂掃除だった。
『あ、たわしがないじゃん。』
メイド達が使う大浴場に行き、風呂の床を掃除しようと思ったのだが、たわしがなかったのだ。
そして、たまたま無かったたわしを取りに行くのが私に決まったのだ。
たわしは、馬小屋にある。 水竜館の廊下を歩いて、玄関から出て裏に回り、馬小屋に向かった。
『ハイネルシス〜、たわしはどこ?』
馬小屋はハイネルシスの仕事場だ。 以前、廊下でぶつかってから私とハイネルシスは時々話す仲なっていた。
『あぁ、スーザンさん。』
ハイネルシスは私をスーとは呼ばず、スーザンと呼ぶ。
私としてらスーの方が簡単で好きなのだが、ハイネルシスにスーなんて呼ばれたら周りがうるさいだろうから、スーザンで良いかも知れない。
『たわしなら、そこの棚の上ですよ。』
ハイネルシスが指さす先には、棚の上に置いてあるたわしがあった。
だが、その棚はちょっと高くて背を伸ばしても届かなかった。
そこで、私は仕方なく側にあった椅子を棚の側に立てて、上に乗った。
ギシギシ―――
(嫌だなぁ、軋んでる。)
グラグラと揺れる椅子にバランスをとって立ち、棚の上のたわしを手にとった。
『ふぅ、取れた。』
だが………
バキッ―――
軋んでいた椅子の足が一本折れた。
『わっわっ!!』
バランスを失い、私はそのまま後ろに倒れこんだ。
『キャーーー!!』
ドサリ―――
『ん………んん〜〜〜?』
体に痛みが無い。
良く見てみると、ハイネルシスが私を受けとめてくれたらしく、私は彼を下敷に、馬にやる飼い葉の山に倒れこんだらしい。
『大丈夫ですか? スーザンさん?』
『あぁ、ありがと。 ハイネルシス。』
ふと見ると、ハイネルシスの顔が非常に近くて、これではハイネルシスと抱き合いながら寝ているようだ。
そう、そんな現場にゼロがたまたまハイネルシスと遊ぶために来たのだった。
(不味い………)
ゼロはブルブルと体を震わせ、泣き出した。 頬に涙が伝う。
『ぜ、ゼロ、私は別にハイネルシスと何かしてるわけじゃないのよ………』
しかし、ゼロはくるりと後ろを向き。 そして………
『スーちゃんの浮気者〜〜〜〜!!!』
ウエ〜ンとか、ビエ〜ンという効果音が似合うように泣き叫びながら駆けて行ってしまった。
あとに残された私とハイネルシスは非常に不味い表情でお互いを見た………
いつもと変わり無い、平凡な日常だったのに………
ゼロを追い駆けて屋敷の中に駆け込むとゼロは食堂に走っていったようだ。
『クリスちゃ〜〜〜ん!!』
まるで蜂に刺された子供のように、近くに居たメイドに抱きつくゼロ。
抱きつかれたクリスというメイドは、最近紅館に来た新入りだった。 元御姫様ならしく、気品がありそれでいて上流階級にありがちなイヤミな性格が無いため、私もゼロも彼女とは直ぐに仲良くなった。