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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第13話-5


 …岡崎が、清子と“至福の夜”を過ごしていた時間。時間をその辺りまで巻き戻し、別の場所にスポットを当ててみたい。
「さあ、覚悟はいい?」
「応」
 結花の自宅を前にして、航の緊張度は最高潮に達していた。これまで、何度も結花を送り届けてきたことで、見慣れているはずの玄関が、まるで高くそびえる壁のように、大きく感じてしまう。
 玄関の門扉を潜り抜け、その内側に入るのは、航にとっては初めてのことだった。
「じゃ、いくわ、よ……!?」か
 結花が、玄関のドアに手をかける前に、それが内側から“ギギギ”という効果音でも当てはめたいぐらいに、ゆっくりと開いていった。
「待って……いたわ……よぉぉ……」
 わずかに開いた隙間から、ぬ、と女性の顔が覗いてきた。前髪を長く垂れて、目がほとんど見えないようにして、ニヤリ、と笑いかけてくるその姿は、まるで生首が不気味に笑みかけてきたようであった。
「ひっ!?」
 実際、結花は恐怖を感じて、ドアノブにかけた手を離して、後ずさりしていた。
「はじめまして。木戸、航です」
 かたや、航はいつもと変わらない様子である。
 首だけとはいえ、家の内側から出てきた、ということは、結花の関係者に間違いなく、例え、突拍子もない格好をしていたとしても、航にとっては、恋人の家族であろうことにも変わりはない。
「あら、怖がらないんですのね。なかなか“肝”がありますわね」
 拍子抜け、とばかりに、ドアがそのまま全開となって、わざと前に垂らしていた長い髪を両手でかきあげながら、全身をその場に顕した女性は、今度は屈託のない笑顔を見せてきた。
 結花に似ている、と、航は思ったのだが、無理はない。彼女こそが、結花の母親なのである。
「結花の母、紘子(ひろこ)です。いつも、結花を家まで送ってくれて、どうもありがとう」
 時には夜遅くまで、大好きな野球の活動に明け暮れる結花のことを、きちんと家まで送り届けてくれる航に対して、紘子は既に好意を持っていた。
「いえ…。あと、簡単なものですが、これをどうぞ」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます」
 手にしていた、バームクーヘンの包みを、紘子に差し出す航。結花のリサーチを受けて、家族の誰もが大好きだというバームクーヘン専門店の、一番高い詰め合わせを彼は用意していた。
「木戸さんのこと、わたくし、とっても気に入りました」
 戯れの度胸試しにも動じない冷静さ、そして、好物をしっかりと用意しているその律儀さに、紘子の好感は募るばかりのようだ。
「結花には、もったいないくらい」
 “わたしが、モーションかけたいぐらいですわ”と、満面の笑みを浮かべつつ、航のことを頭のてっぺんから、爪先まで、じっくりと観察している、そんな紘子であった。
「お、か、あ、さ、ん!」
 まさか実の母親に、玄関先で驚かされることになるとは思わず、結花は眦を吊り上げて、憤慨した様子で詰め寄っていた。
「母親の“肝だめし”に、怯えてちびるような娘だけれど……」
「ち、ちびってなんか……!」
 “ない、はずだけど…”と、結花は、思わず両手を股間に添えて、状態を確かめている。
「これからも、結花とは仲良くしてやってくださいね」
 そんな娘の様子は気にかけず、紘子は航に対して、深々と頭を下げていた。そこには、娘の身を常に案じて、わざわざ遠回りをしてまで、送り届けてくれていることへの、謝意も込められている。
「さ、玄関先で立ち話もなんですから、お上がりくださいな」
 そう言って紘子は、“ちびってないもん…”と独りごちながら、ほっぺたを膨らませている結花ともども、家の中に航を招き入れた。
「父さんは?」
「今、居間にいます」
「え、母さん、なに、それ」
 あまりにもベタな母親の返答に、今度は激しく脱力する結花であった。
「………」
 一方で、航の口元が緩んでいたのは、恋人の母親が言った唐突な掛詞に追従したのではなく、二人の仲がとても良いことに微笑ましさを感じたからだ。結花が持っている屈託のなさは、やはり、家族同士の仲の良さに起因していることを、航は実感した。


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