木下に頼まれたこと-1
だが俺だって馬鹿じゃない。正直に思ったことを言って友達を失いたくない。だから木下に佐伯佳美が好きだと相談されたときには逆らわずに話を聞いてやった。
「佐伯佳美のことを考えると胸が苦しくなるんだ」
「うん、重症だな」
「どうすれば良い？ 告ってしまえば楽になるだろうか？」
「向こうがＯＫしてくれれば楽になるだろうな」
「だけどＮＯって言ったら、それこそ俺はどうしたら良いんだ」
「まあ、振られることもある。確率は２分の１だな」
俺は実際は１００分の９９だと言いたかったが、そこは社交的辞令で乗り越えた。
「だけどそうなったら俺は佐伯佳美のことをいくら思っても向こうは嫌いだということになれば、苦しみ続けなきゃいけないことになる。ああ、気が狂いそうだ」
気が狂いそうじゃなくて、狂ってると思う、と言いそうになって、俺は我慢した。その代わり俺は知恵を絞った。
「万が一振られたとしても、それはお前が嫌いというのじゃなくて」
「えっ、嫌いじゃないのか。じゃあ、好きなのに振るってことか？」
いや……そうじゃなくて関心がないってことだろうと言いかけてそれも耐えた。
「うん、人間として好きでも、恋人にはできないってこともあるじゃないか」
これは我ながらうまいことを言ったと感心した。だが、俺は早く帰ってサッカーの試合が見たかった。
「だから、悩んでいないで、一歩前に進むか、思い切って諦めて忘れるか、それはお前が決めることだよ。じゃあ、俺はこれから……」
「なんだよ。待てよ。ずいぶん冷たいじゃないか。さてはお前も佐伯佳美のことを」
「だ……誰が！」
あんな女を……と言いかけてその言葉は飲み込んだ。佐伯佳美は美人だと言われる。だがそれは目鼻立ちが平均的なだけの話しだ。よくファッション雑誌とかのモデルに見かける、特徴がなく、美人だけど後で思い出そうとしても思い出せない、ああいう顔なだけだ。
そういう顔ってのは万人向けの顔で、特定の蜂を惹きつける蜜や香りを出す花ではない。
それで佐伯佳美は蜜の香りをばら撒き沢山の蜂を惹きつけておいて、片っ端から袖にする。じゃあ、男に関心ないならもっと地味にしろと言いたい。おっと横道にそれた。
木下はゲームに詳しく、俺に色々とソフトを貸してくれたり攻略法をアドバイスしてくれる。映画にも詳しく、笑いたいときとか泣きたいときどんなＤＶＤを借りれば良いか教えてくれる。それが外れたことがない。だから俺は言葉には気をつけなくてはいけない。
「お前が好きな女を俺が好きになる訳ないじゃないか。それは仁義に外れる、うん」
「ああ、お前はやっぱり俺の親友だよ」
「そうだ、きょうこれからサッカーの試合の中継が……」
「あるのは俺も知っている。だけどお前は俺を置いて行かないよな」
「言ってくれ。何をしたら良い？」
俺はやけくそだった。サッカーは試合前の解説者の戦力分析から見ないと駄目なのだ。
「佐伯に俺の気持ちを伝えて、返事を貰ってくれないか」
「ああ、良いとも。それじゃあ明日聞いてやる。じゃあ、どういう風に持ちかけるか作戦を練りたいから、これから家に帰って一人で考えたい。じゃあな」
「天野、お前サッカーの試合を見たくて、適当に言ってんじゃないのか？」
「そんなことはない。本人じゃなくて代理人が告る場合はかなり作戦がいるんだ。サッカーどころじゃない。親友のためだ」
「ありがとう！」
「良いってことよ！」
俺は木下を振り切って家に走って帰るとテレビをつけた。おう、ちょうど戦力分析を始めたところだ。この解説者の分析は結構当たっている。解説なんかやめて監督をすれば良いのにと思うくらいだ。
試合を見終わって俺は木下に約束したことを思い出した。しまった。奴は俺がサッカーを見たがって焦っているのを見越して、あんな約束をさせたんだ。まんまと木下の手に乗ってしまった。それだけ賢いのに、どうして女には間抜けなんだ？
というか明日どうすれば良いんだ。俺はそのことで夜も寝られなくなった。
好きな女のことで夜も眠れないなら話が分かるが、好きでもない女のことで夜も眠れないってのは納得が行かない！ って、怒っても始まらない。俺が約束してしまったことだから、怒ってる場合じゃない。
散々悩んだあげく、俺は木下の立場になって佐伯へのラブレターを書いてみようと思った。それを木下の署名で書いて渡せば良いのだ。
筆跡の問題もあるからパソコンで打って、コピーを木下にも渡せばその後何かあっても口裏が合わせられる。
だいたいラブレターを書いても大抵うまく行かないのは、自分の気持ちを中心に主観的になるからだ。もう、恋は盲目と言うくらいで、相手が見えないで自分の気持ち中心に書くから、「何勝手なこと書いてるの？」って具合に振られてしまうんだ。
その点俺なら佐伯に盲目になる必要がないから客観的に冷静に書ける。俺は夜中に起きてパソコンを何回も打ちなおした。
朝の光が窓から差し込んできた頃、俺は会心の傑作ラブレターを書き上げた。ああ、俺は木下にとってなんて良い友達なんだ！ 俺は自分に感動したよ。これを読んだらさすがの佐伯佳美も木下を振るにしても、なんとか傷つけないようにそれを伝えてくれるに違いない。