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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第11話-46

「桜子、ありがとう」
 ベンチに戻るなり、大和は、桜子の防具を外すのに手を貸しながら、感謝の言葉を口にしていた。大和が求めた“ノーサイン投法”を、受けてくれたことへの気持ちだ。
「おかげで、自信が持てるようになった。あの“カット”を、自在に投げるっていう自信が…」
 その結果が、危機を凌いだ連続奪三振だったのである。
「よかった」
 桜子が意を決したのは、ワンバウンドして跳ねるボールが連続するだろうことを想定していたからだ。“ノーサイン投法”を通じて、大和の投げたいボールに専念させたことで、彼の掴みかけていた感触が、ものになったと言える。
「“カット・ボール”のはずなんだけど、落ちて、まるでウサギみたいに跳ねたから、ちょっとびっくりしちゃったよ」
 スライドするだけではなく、ワンバウンドするぐらい、ボールが沈んできた球筋のことを、桜子は“ウサギ”と指して言っている。
「ウサギ、か……確かに、“ラビット”の要素も、あるかもしれない」
「ラビット?」
「うん。実は、さっき、ボールが滑って抜けた時、甲子園で、一塁送球を失敗したことを思い出した。その時は、ボールを握りそこなってて、そのまま投げてしまったから、回転がへんな風にスライドして、しかも、ワンバウンドしてしまったんだ」
「………」
「一塁に投げるときに、指のかかりを間違って、変な回転がかかって悪送球になるのを“ラビット”って言ったりもするんだけど、さっきの抜けた感触を試してみたら、自分でも面白いぐらいに、リリースが上手くいくようになった」
 防具の着脱は終わったが、桜子はそのまま大和の語りに聞き入っていた。
「まだ、課題はあるけれど…。ブレーキング・ボールとして、配球に織り交ぜていこう」
「うん、わかった。……名前、どうしよっか?」
「桜子が言ってくれた、“ウサギ”がぴったりだよ。だから……“スパイラル・ラビット”にしようかと思う」
「うん!」
 またひとつ、大和に“新しい力”が備わった瞬間であった。

 キィン!

「おおっ!」
 不意に、ベンチが沸いた。打席に入っていた3番の雄太が、当たりは鈍いながらも、ライト前に抜けていく安打を放ったのだ。
「屋久杉先輩、ナイスバッティング! …じゃあ、あたし、行ってくる」
「ああ」
 ネクストバッターである桜子は、ウェイティングサークルを素通りして、打席に向かった。大和も次打者になるので、準備を整えてから、その空いているウェイティングサークルに立つ。
(………)
 前の打席で凡退した岡崎が、“沈むブレ球”について言及していた。“色即是空”とは違う球筋の、“もうひとつのムービング・ファストボール”があるということを、意識して、大和は桜子の打席を見守る。
「アウト!」
 その桜子は、セカンドゴロに打ち取られた。しかし、バウンドが高く跳ねたので、雄太を二塁に進めることは出来た。
 一死・二塁で、大和に打席が廻ってきた。“色即是空”と、“もうひとつのムービング・ファストボール(空即是色)”を念頭に置きつつ、大和は隼人の投球モーションを見遣る。
「ストライク!」
 初球は、内角に来た。それは、よく見た球筋であったので、“色即是空”のものであろう。
「ボール!」
 二球目も、内角であった。しかし、少しだけ沈む軌跡を描いた。おそらく、岡崎の言う“もうひとつのムービング・ファストボール(空即是色)”が、これにあたるに違いない。
(それにしても)
 二種類の“ムービング・ファストボール”を操る、マウンド上の隼人に、大和は感嘆する。逞しさのあるその体躯には、プロ選手並のパワーとエネルギーが備わっているのだ。しかも、貴重な左投手なのだから、軟式野球出身者とは言え、状況次第ではドラフト候補に挙がってもおかしくない。実際、軟式野球出身のプロ野球・左腕投手は複数存在しているし、その中で、野球殿堂入りする選手もいるほどだ。
(甲子園だけが、野球じゃない)
 今更ながら、それを思い知った。
「ストライク!!」
 アウトコースにコントロールされた、“もうひとつのムービング・ファストボール(空即是色)”が決まる。一瞬、スイングを仕掛けた大和は、しかし、沈む軌跡を見た瞬間、そのバットを止めた。当てても凡打になると判断したからだ。
(………)
 翻弄されている、と、正直思った。
「!」
 勝負と見定めた、四球目。大和は内角に来たストレートを叩くべく、スイングを始動する。大和は、微細な変化に負けない鋭いスイングをするため、グリップを少しだけ余していた。

 キィン!

「!?」
 真芯を食った打球が、飛ぶ。隼人の顔に驚愕の色が浮かんだのは、またしても芯を食らったことへの畏怖だろう。

 バシッ!

「アウト!!」
 しかし、惜しいかなそれは、三塁手・仙石の真正面だった。その仙石は、ボールを捕ったというよりは、中に入ってきた、といった表情をしている。それほどに、大和の打球は強烈な勢いを持っていたということだ。
「ストライク!!! バッターアウト!!! チェンジ!」
 だが、アウトであったことには変わりがない。6番の吉川も、空振りの三振に倒れ、二塁に進んだ雄太は結局、ホームに還ってくる事が出来なかった。


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