『SWING UP!!』第11話-19
「これは、なかなか風情のある階段ですね」
「おっと、そうきたか」
大和の呟きに、隼人が反応した。
「ウチの部員のアルフレなんかは、“上の宿坊”に連れていこうとすると、これを見るたびにゲンナリするんだけどな。……なかなか、やるな、あんたら」
階段にも気圧された雰囲気は無く、四人は涼しげな顔つきをしていた。もっとも、バス酔いの影響か、航だけは幾分、冴えない顔つきをしていたが…。
(さすがは、“双葉の四天王”、といったところかい)
双葉大学の中核を担うのが、目の前の四人であることは既に“隼リーグ”の中でも知られている。センターラインを構築するこの四人を指して、“双葉の四天王”という異名がつけられるようにもなっていた。これは、当の本人たちの知らないことではある。
隼人を先導として、四人は階段を飄々と登り、山門に辿りつくと、その先の開けた空間には、小・中・大と、見てわかるほどに大きさが分かれた建物があった。
「真ん中が上の御堂で、その奥にあるのがあんたらが泊まる宿坊だ。そんでもって、その隣にあるちょいと小さめのタテモンが“東司”になってる」
「「「「とうす?」」」」
「“便所”のことだ」
話によれば、トイレは宿坊とは別になっているらしい。見た目の古めかしさに、なにかが出てきそうな雰囲気を感じて、背筋を震わせたのは、怪談が苦手な桜子だった。
「ああ、安心してくれ。こいつも、見た目は古めかしいが、中身は最新だから。“バイオ・トイレ”っていうのを、使ってるんだ」
「「「「バイオ・トイレ?」」」」
「ここはちょっと高いところにあるだろ? 電気はなんとか通せたんだが、配管の関係で便所は水洗にできなくてな。それで、ずっと前から汲み取り式だったんだよ。でも、さすがにそれじゃ都合が悪くなってきて、先代の御院が工面してくれたんだ」
下の平屋がリフォームされたのも、先代のおかげだよ、と隼人は付け加えた。
「最初は慣れないかもしれないが、まあ、遠慮なく使ってくんな」
隼人はそのまま奥の宿坊に四人を案内すると、その玄関前でふと足を止めた。
「あれ? そういや、響のヤツがいなかったな」
「「「「ひびき?」」」」
隼人が怪訝な表情を浮かべつつ、改めてその名を呼ぶことにした。
「おーい、ひびき! ひびき、いないのか〜!! 双葉の皆さんが、いらっしゃったぞ〜!!!」
静寂な空間に響き渡る、隼人の声。体幹の良さがあるのか、何処までも通る、太さと美しさを併せ持つ声だった。
ガタガタッ…
と、ややあって、隣の“東司”に慌てたような人の気配が生まれ、それが静まったかと思うと、入り口の扉が勢いよく開かれた。
そこから姿を表したのは、隼人と同じく作務衣姿で頭巾を被った、小柄で丸みのある体つきをした少女であった。初対面ではおそらく、下手をすると小学生高学年にも間違ってしまうかもしれない。
「ご、ごめんなさい!」
「なんだ響、便所だったのか。ウ*コしてたのか?」
「は、隼人兄ィ!!」
デリカシーのない一言を浴びて、隼人が“響”と呼んだ少女の、愛嬌を感じさせるその丸顔が、見る間に赤くなっていった。どうやら図星だったらしい。
「は、はじめまして、皆さん。梧城寺 響です。御院から、この宿坊で、皆さんの世話をするように仰せつかっています。どうか気兼ねなく、なんでも言いつけてください」
顔を赤くしたまま、響という名の少女が、その小さな体を大きく折り曲げていた。
げっ歯類系の小動物を思わせる、その愛嬌のある様子からは想像もできないが、紛れも無く彼女は、法泉印大学の4番打者である。体躯を大きく捻り、“長尺バット”を鋭く振り回す強打者なのだ。その小さな身体には、莫大なエネルギーが詰まっているに違いない。
「ああ、そういや俺もきちんと名乗ってなかったな」
思い出したように、隼人が鼻の頭を搔く。
「俺は、天狼院隼人。同じくここの宿坊で、あんたらを世話するように言われてる。明日の試合じゃ敵のあんたらだが、ここにいる限りは不便をかけさせねえから、そこは安心してくれ」
不敵な笑みを浮かべながら、その視線は大和のほうに強く向けられていた。“最強の左腕”として対峙する、“最高の右腕”との勝負を、今から待ち焦がれているという、そんな雰囲気だった。