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「はーい。かんせーい!」
「おー!うまそー」
小さなテーブルに並べられた二つのオムライス。
普段はあまり料理はしないのだが、今日の出来栄えは上出来だ。
「食っていい?」
「どーぞ」
「いただきまーす」
湊はご丁寧に両手を合わせた後、「その前に」と言ってケチャップを手に取った。
陽向がオムライスを頬張る向かいで、湊はケチャップで一生懸命何かを描いている。
「何かいてるの?」
「出来るまでのお楽しみ」
陽向はテレビを見ながら口を動かしていた。
すると「できた」と言って湊が陽向にオムライスを見せて来た。
「なにこれっ?」
黄色い卵の上には、人と思われる何かが描かれている。
「陽向」
「うそー!似てなーい!!」
爆笑する陽向を見て、湊も爆笑する。
「ケチャップじゃ無理があったな」
「ケチャップじゃなくても絵心なさすぎ」
「俺の傑作をバカにするな。バチ当たるぞ」
湊はそう言ってオムライスを頬張った。
「んまい。意外と料理上手なんだな」
「意外じゃないし」
「次はビーフシチューがいーな」
「ビーフシチューすきなの?」
「うん」
「やっぱり子供みたい」
「うるせ」
食べ終わった後、食器を洗い、二人でソファーに座る。
ぼーっとテレビを眺める。
何もしていないのに、湊が隣にいるだけで幸せな気分になる。
少しでも近くにいてほしくて、湊の温もりを感じたくて、ぎゅっとしがみつく。
「どした?」
「湊…」
「ん?」
「すき」
「なんだよいきなり」
「昨日言ってくれたじゃん」
「二人になると急に甘えん坊になるよな、お前」
湊ははにかむと、陽向の頭を引き寄せておでこにキスをした。
心がむず痒くて嬉しくて、顔が綻ぶ。
「ホント、赤ちゃんみてーだな」
「もう大人だよ」
「顔がコドモ」
湊は立ち上がり、「食ったら眠くなってきたー」と言ってバスルームへ歩いて行った。
別々にシャワーを浴びた後、狭いベッドで二人で眠る。
「今日ね、練習すごい良かったんだよ」
「そりゃーよかったな」
「今度のライブ、湊たちも出るの?」
「ん、出るよ」
「楽しみにしてるね」
「おう。お前らんとこのも楽しみにしてる」
「うん…」
陽向が目を閉じると、頬に温かいものが触れた。
「ヒナちゃんおやすみ」
「おやすみ…」
翌日、湊と一緒に学校へ向かう。
行く途中で大学の人と思われる数人に二度見されたのは気のせいだろうか。
正門をくぐり別れを告げた後、校舎に入る。
階段を上り教室のドアを開け、いつものように三人のところに行く。
「あっ!来た陽向!もうっ!なんで黙ってたのよ?!」
奈緒が大声を上げて陽向の腕を引っ張った。
「えっ!なにが?」
「五十嵐と付き合ってたこと!」
「へっ?!なんで?な、なんで…えっ?」
なんで奈緒が知っているんだ…。
まさか楓が……?
「んもー。水くさいなぁー、言ってくれないなんて」
「そーだよそーだよー。なんなら相談にだって乗ったのにー」
状況を掴めていない陽向に「この間の飲み会」と千秋が言った。
あの日はいつものごとく撃沈し、気付いたら湊の背中に乗っかっていたのだ。
「五十嵐が衝撃告白したんだよ」
「え」
まさか…。
「五十嵐と付き合ってんでしょ?」
「えっ…い、五十嵐がそう言ったの?!」
陽向が酒に溺れた後も、しばらく飲み会は続いていた。
「ねー。五十嵐って彼女とかいるのー?」
いつもより甘ったるい声でそう言う奈緒の片手には本日4杯目の白ワイン。
相当酔っ払っているのだろう。
目が虚ろだ。
「いるよ」
「えぇーっ!そーなのー?!ちょっとショック!」
「マジかよ!俺も知らないんですけど!」
尊と奈緒が騒ぎ出す。
大人しく笑っていた啓吾も、その時だけは目を見開いた。
「誰?どこの女?」
「酒に弱くて気付いたら酒に飲まれてるアホな女だよ」
「なにそれー!分かりづらっ!」
奈緒がゲラゲラ笑う。
「こいつだよ」
湊は陽向のつむじを人差し指で押した。
爆睡中の陽向は微動だにしない。
湊の言葉に一瞬、場の空気が凍りついた。
のも束の間、雅紀と楓以外の四人が「えぇぇぇーーー!」と声を上げた。
「冗談っしょ?」
「冗談じゃねーっつの」
「マジで言ってんの?!」
「マジだよ」
尊は「うっわー…マジかよ…」と言った後「湊」と湊の顔を見た。
「悪かった!」
「は?」
「陽向ちゃんに触れた俺を殺してくれ!」
「そーだな」
どかっと笑いが起こる。
「まぁー…でも陽向なら仕方ないかぁー…。好きになっちゃうのも分からなくもないからなぁー」
奈緒がしみじみと言って爆睡する陽向をチラッと見た。
「どーゆーこと?」
雅紀が言う。
「顔もまぁまぁだし、なんて言ったって裏表ないじゃん?あたしが男だったらこーゆー素直な子と付き合いたいもん」
「でもケンカ多そう。前からちょー仲悪かったじゃん!」
またどかっと笑いが起こった。
その後、飲み会がお開きになるまで終始陽向と湊の話題で盛り上がったのだった。
陽向は黙ってその話を聞いていた。
心臓がバクバクいっている。
「ま、そーゆーことよ!でも隠されてたのはショックだったなー」
「隠してないよ!…ただ、言いづらかっただけ」
「仲悪かったもんねー」
「それに奈緒、五十嵐のこと好きそーだったし…」
「それ言っちゃうー!?でも付き合えないとは思ってたからさ。目の保養だよ、目の保養」
奈緒はがははと笑って陽向の肩を叩いた。
その後は授業が始まるまで、付き合った経緯から何から何まで根掘り葉掘り三人に問いただされるハメになったのだった。