『秘館物語』第2話「訪問者」-5
「あ、ありがとうございます……」
浩志は、とても細やかである。
性戯の最中は、激しく、苛烈に、そして淫靡に自分を責めてくるが、それが終わった後は、優しく、丁寧で、愛情に溢れたいたわりを見せてくれる。
本当ならば、自分が彼に服従し、奉仕をしなければならない間柄なのに、浩志はそれを気にもしないで労わってくれるのだ。
「……あっ」
不意に、背中に重みが乗った。浩志が、抱きしめてきたのだ。
「好きだ、碧」
「浩志さん……」
背中に押し当てられている額から、猛烈な愛情が溢れてくる。それは、体のいたるところを暖かなもので埋め尽くして、それでも足りずに零れてしまったものが、瞳から熱い滴となって流れた。
「…時間、大丈夫?」
不意に、二人は現実に戻った。既に窓からは陽が差し込み、朝を告げること久しい。碧の朝は、この館の掃除から始まるから浩志はそれが気になった。
「平気です……。少し……早く、きましたから……」
言葉どおりというか、実のところ、まだ夜も明け切らないうちに碧は浩志の部屋へやってきた。ご大層にも、仕事着(一般にいうところのメイド服)に着替えて。
夜も明けないうちの訪問に、最初は訝しく思うばかりの浩志であったが、頬を朱に染めて体を小刻みに震えさせている碧の様子に全てを悟り、彼女をベッドに誘っていた。
まるで、それを待ちかねていたかのように碧は、愛撫を受けると嬌声を挙げ、華を咲かせ蜜をこぼしていた秘処でもって浩志を迎え入れた。
『私は……私は、はしたない女です……』
主の御曹司に夜這いをかけた積極性に、碧自身も困惑している。だが、闇の中で目を閉じても、その性情が理性を蝕んでしまい、浩志を求めてどうにもならなくなってしまうのだ。
自分で自分を慰めても、火照りは治まらない。さらに淫華が咲き濡れるばかりで、逆に碧は苦しくなった。
その結果が、この朝の情事になったのである。
「あ、あの……すみませんでした」
着替えを済ませた碧が、頭を下げる。まだ裸のままでいる浩志は、そんな碧に微笑を浮かべてみせた。
「多分、さ。碧がこなかったら、俺が夜這いをかけてたよ」
「そ、そうですか?」
「うん。それにしても、一日ももたなかったなぁ」
「………」
碧の顔が、更に紅くなっていた。
二人がはじめて繋がった日から、すでに1週間が過ぎている。その間、夜はほとんどといっていいほど濡れて、燃えて、吼えてきた。
碧の性は、急激に華を開かせた。もともと、男を初めて迎え入れながらその行為で気をやってしまうほどに素質はあったのだ。
それが、浩志の激情に蒸される中でさらなる色合いを手に入れた。結果、成熟しきったような感度の良さで浩志を愉しませる姿になった。
浩志と碧は、互いに磨きあうようにして、性欲をぶつけあう夜を過ごしてきた。
そのために、いささか寝不足気味になってしまった碧が、食事の支度の最中に厨房にあった皿の棚一団を誤って床にばら撒いてしまい、その棚にあった食器を全てダメにしてしまうという失態を犯してしまったのである。
望にきついカミナリを浴びせられている碧を不憫に思った浩志は、彼女の注意力が散漫になった原因とも言うべき夜の情事を控え、睡眠に集中させる日を設けた方がよいと察した。
それを昨夜、早速に実行してみたのだ。
…なんと、一日とそれは保たなかった。夜の明けないうちに碧の訪問を受け、結局はこういう具合に情事に耽ってしまったのだから。
「大丈夫かい?」
既に日は昇っている。俯き恥じ入っている碧を促すように、浩志はもう一度訊いた。
「あ、は、はい! お掃除、してきます!」
その声に弾かれるようにして、碧は部屋を出て行った。身体中に、情事の熱気を纏ったまま、濃密な残り香を有したままで…。
「ふぅ……」
部屋の中に残る濃厚な熱気にあてられながら、浩志もまた身を起こし、身支度を整えた。
(今日は、お客さんが来るんだ)
その送り迎えを、志郎に頼まれている。女の香りを保持したままで、客人を迎えにいくわけには行くまい。
浩志は簡単な身支度を整えると部屋を出た。汗に濡れて、やや体の清涼感に欠いた気もしたので、シャワーを浴びようかと浴室に向かう。