『SWING UP!!』第9話-32
好機をきちんと得点に繋げることができるのは、あくまで一部だ。自分にチャンスがめぐってきたからといって、決めてやろうという意識が強くなりすぎると、逆に力んでしまって、結果が益々出なくなる。
(あくまで、わたしはつなぎなんだから)
ポイントゲッターとしての役割は、次打者の航であり、次々打者の岡崎に託す。それが、自分の考えるべきことだと、結花は思っている。
「ストライク!」
「ボール!」
「ボール!!」
「ストライク!!」
「ファウル!」
「ファウル!」
「ボール!!!」
結花の粘り腰は、なかなかのものだった。追い込まれてから、カットボールを三球連続で投じられたが、際どいところは何とかファウルで交わし、ボール球は見送って、フルカウントまで漕ぎつけることが出来た。
「ファウル!」
外角低めのストレートを、バットの先に掠める。1球でも多く粘って、次の航に繋げていくことを、とにかく考える。
「!」
真ん中にストレートが入ってきた。絶好球にも見えるそれは、しかし、だからこそ結花の中でアラームを鳴らした。
「ボール!!!! フォアボール!」
それは急激にブレーキがかかり、ワンバウンドした。カットではなく、フォークボールだったのだ。
「よく見たね」
相手の捕手が、残念そうに呟く。とっておきの球だったのだろうが、まさかそれを見極められると思わなかったらしい。
(あの投手には、フォークもある)
その情報を引き出した結花は、四球以上の結果を残して、初打席を終えた。
満塁になったところで、航が打席に入った。結花が目の前で粘りを見せて、相手にフォークを投げさせたことは、しっかりと目に焼き付けていた。
(片瀬が繋いでくれた好機だ…)
航の全身に、気迫が漲った。集中力が研ぎ澄まされ、相手が元・プロの選手であることにも気後れすることなく、自分の“間”を打席の中に作り出す。
「!」
松永の投げた初球を、航は思い切り振り放った。
キン!
「おおっ!」
心持ち、置きにいった感のあるストレートだった。9番打者であるという油断も、わずかにあったのかもしれない。
それを見逃さず、航は見事な打球を三遊間に放ち、鈴木がグラブを伸ばしたが、ボールはその中に収まらず、レフト前に転がっていた。
三塁走者の桜子がまず帰還し、1点を先制。次いで、大和も三塁を廻って本塁に余裕を持って還ってきたので、2点目が記録された。
結花と航を軸にして、より厚みの増した下位打線…。まさにそれを象徴するかのような、2点であった。
…練習試合の結果は、以下のとおりである。
ドリーマーズ|000|000|000|0
双葉大|020|000|20X|4
「NICE GAME!!」
「むぐぐ…」
エレナが喜びを顕わにし、鈴木が歯噛みしている。結果はご覧のとおり、双葉大の完勝といって良いものだった。
ドリーマーズ打線についてだが、松永がひとり5打数3安打と気を吐いたものの、要所で決まってくる“スパイラル・ストライク”に打線はきりきり舞いとなり、八割の力で投球をしていた大和から、ついに得点を奪えなかった。
初めて完投することができた大和は、桜子と共に、自信を深めることが出来た。
二回の裏に2点を先制され、以後はフォークも多投し始めた松永に、明らかな疲れが見えたのは7回の裏だった。
2回裏と同じような巡り会わせで、今度は大和のヒットを足がかりにして、吉川、浦がそれぞれ進塁打を放ち、三塁まで大和を進めたところで、フルカウントから粘りの一打を放った結花が、1打点を挙げた。
航も、ライト前へのヒットで繋ぎ、岡崎のセンター前ヒットによって、もう1点を追加したのである。
この試合は、厚みを増した下位打線で勝利したものといえた。