『SWING UP!!』第９話-31
続く打者は、６番の吉川である。これまで９番に入っていたが、打順が繰り上がる形となった。
（僕の役目は、決まっている）
桜子と、大和を、進塁させることだ。フライを上げることはもちろん、三振を喫してもいけない。
それを見越して、相手野手陣は前進守備を敷いている。封殺（フォースアウト）の可能性もあるから、下手な場所に打球を転がすことは出来ない。
ズバン！
「ストライク！」
と、初球のストレートが外角低めに決まっていた。
（落ち着けば、見える）
テニスのサービスは、野球のストレートよりも時速がある。全国大会に出場することこそ叶わなかったが、吉川が所属していたテニス部は、強豪がひしめく地域で戦いを重ねてきた。予選が既に、全国レベルといわれる中で、準レギュラーとして地道に戦ってきた彼は、桜子ほどではないにせよ、チームの中でも突出して動体視力に優れたものをもっていた。
キンッ。
「おっ」
内野の頭を越すヒットは望めないかもしれないが、松永のキレのいいストレートを的確にバットで捕らえ、テニスのバックハンドを思わせるフォロースルーで、二人を進塁させるには充分なゴロを放っていた。
「アウト！」
吉川自身はアウトになったが、十分な働きをしてみせたのである。
（さて、次は俺だな）
浦が右打席に入った。彼は、普段からまるでバントをするような構えで打席に入る。いわゆる、“バント打法”である。
バッティングに自信はないが、足には自信がある。内野の深いところに打球を転がせば、状況しだいでは内野安打にしてみせるぐらいの自信だ。そのためには、バットにボールを当てなければならない。
浦はどうしても、投手から投げ込まれるボールの見極めが不得手であった。普通に構えていたのでは、バットに当てられるかわからなかったので、いっそ思い切って、最初はバントに近い構えを取るようにしたのである。
相手投手と正対するこの構えは、力強いヒッティングとは無縁のものとなるが、バントや進塁打に特化した点があり、ゴロを転がすにはまたとない構えでもあった。
露骨な前進守備をされるときもあったが、それに目もくれず、彼はとにかく打球を転がすことだけを考えて打席に入っていた。
「ストライク！！！ バッターアウト！！！」
しかしこの回では、松永の速球に目がついていかず、あえなく三振に倒れた。
そして、打席には、結花が立った。双葉大軟式野球では、初めての打席になる。
（まずは、見極めていかないと）
ベンチの脇から、松永の投球はしっかりと目に焼き付けてきた。横から見ても、伸びとキレのある速球を放っていることはよくわかっている。
（木戸に少しでも、球数を見せてやらなくちゃ）
今は二・三塁の好機だ。しかし、結花にはそれよりも、次打者である航の方へ意識を向けていた。もちろん、それは色気によるものではなく、試合の流れを考えた上でのことだ。