『SWING UP!!』第9話-26
「よっしゃ、片瀬、木戸。お前らの実力を、たっぷり相手に見せて来い!」
そう言って、自分たちをフィールドに送り出してくれる若狭の様子には、新人二人にスタメンを奪われたという“陰”はまったくない。
なぜなら、このスターティングメンバーは、四回生全員と、監督であるエレナの判断によって決定されたものだからだ。つまり若狭は、自分がベンチにいることを自ら望んで選んだということになる。
守備位置を決めるに当たって、航を中堅とし、栄村を右翼に廻して、品子がベンチに下がるということは、当事者である品子も含めた総意で早々と決定した。
大和がエースとして常時マウンドに立つことを考慮し、打順を桜子と入れ替えたのも、特に異論はなく話はまとまった。4番打者として持つべき“風格”を、桜子もまた充分に有していると、昨年の戦いを通じて皆は感ずるようになったのだ。
内野守備については、話が一番長くなった。
結花の実力は間違いなくスタメン級であり、レギュラーを張っていたという二塁を任せたいという思いは、誰もが共通している認識だった。
そこで問題になったのは、吉川の処遇である。
彼のフットワークとミート力は、やはり捨てがたいものがあり、結花には確かに総合力で劣るかもしれないが、ベンチに据えておくのも勿体ないと誰もが思っていた。
『吉川は、三塁だ』
そう切り出したのが、若狭だった。雄太が一塁手のスタメンとなった今、若狭が三塁を守っている。それを譲るというのである。
『打球への反応は、吉川の方が上だ。何より、ガッツマンだからな。これからもっと上手くなるし、サードを任せるとしたら、アイツがぴったりだぜ』
吉川が志願して、岡崎のノックを何度も受けて、努力している姿を見ている。おそらく近いうちに、自分を追い抜くグラブ捌きを手に入れるだろうと、予測もしていた。
『お前はどうするんだ? 外野に廻るのか?』
浦の代わりに左翼へ入るという案だろうかと、雄太はそう思った。若狭は外野守備の経験もあるので、確かに悪い手ではないと思ったのだが…。
『浦には“足”がある。打席を四回まわせば、ひとつは内野安打にしちまうぐらいにな。スタメンからは外したくない』
しかし、若狭には別の考えがあったのだ。
『おまえ、まさか』
『おうよ。俺がベンチに廻る』
場に一瞬の沈黙が下りた。ようやくにして勝ち取った1部リーグでの舞台に、ベンチスタートを自ら切り出す若狭の覚悟が、痛いほど伝わってきたからだ。
『ヨシさんは、とてもノーブルですね』
エレナはその心意気に、高潔な意志を感じた。ちなみに彼女は、若狭のファーストネームから彼のことを“ヨシさん”と呼んでいた。
本人がそういうのだから、雄太としても岡崎としても、異論を差し挟むわけにはいかない。若狭の意志を尊重して、結花を二塁に据え、吉川を三塁にするという、内野守備の新布陣は決定された。
もしも、木戸亮がこの布陣を見れば、かつて気にかけていた“センターラインの弱さ”が克服できていることに瞠目するに違いない。
打順について、結花を8番、航を9番にしたのは、1番の岡崎を含めて、擬似クリーンアップを打線の中に形成する意図があった。足の速い7番の浦が出塁を決めたとき、8番の結花がその器用な打撃で好機を広げ、9番の航と1番の岡崎で広げた好機を得点にするという…。
下位打線に弱さのあった昨年とは違い、打順の連動性が生まれたことで、攻撃陣にも厚みが増した。新しいオーダー表を見て、この場にいる誰もがそう思った。