『SWING UP!!』第9話-14
「あたし、すっごく楽しみだったの。昨日、部室に来てくれた新入生に、女の子がひとりいるって聞いてたから」
それで待ちきれなくて、部室の外で待っていた、と言うのだろう。
「嬉しいなぁ。女の子の後輩がきてくれるなんて、思ってなかったから。あたし、ほんとに嬉しくてしょうがないの!」
そう語るものだから、結花としても悪い気のするはずがない。固くなっていた表情も、桜子の笑顔に導かれるようにして、ようやく緩やかなものになった。
(……ん? 蓬莱、桜子?)
ふと我に返ると、その名前に何かのピントが合う。そして、目の前にいる桜子の背の高さと照らし合わせると、スポーツ少女の結花に備わっているメモライズ機能から、おのずと導き出される解答が存在していた。
「も、もしかして、バレーボールの、日本代表の、あの、蓬莱桜子さん、ですか!?」
今度は驚きのために、口調がしどろもどろになった。そして、憧れを多分に含んだまなざしで、桜子のことを凝視した。
(ホ、ホンモノなの? ホントにあの、蓬莱桜子さん!?)
高校生であるにも関わらず全日本の代表に選ばれ、相手のコートに強烈なスパイクを何度も決める凛々しい姿。ワールドカップでの中継もよく見ていたし、その活躍に心を躍らせることは度々だった。
アキレス腱を断裂して、バレーボールの世界からいなくなったと知ったときは、とても残念に思っていた。
その蓬莱桜子が、まさか自分の目の前にいるとは…。俄かには信じがたいその現実に、結花は身震いすら覚えた。
「あはは…」
一方、懐かしい反応を見た、という様子で、桜子は恥ずかしそうに苦笑していた。自分が、かつてはお茶の間でも馴染みの選手だったという自覚が、彼女にはない。
「えっと、結花ちゃんはさ」
「は、はいっ」
気さくに話しかけられて、それでも緊張しながら、結花は桜子の言葉を待った。
「高校のときも軟式野球部だったんだよね。だったら、野球では結花ちゃんのほうが“先輩”だね」
「!」
結花は刹那、大和の顔が浮かんだ。
高校時代から軟式野球部にいたという情報は、同じ学校の先輩である彼しか知らない。そもそも、昨日部室に来た新入生のうちのひとりが、自分即ち女性であることを知っているのも、そのとき部室にいた唯一の部員・大和だけなはずだ。
(ひょっとして……この人、なの……?)
その日の情報をすぐさま共有できるほど、プライベートで相当に親しいやり取りをする間柄であることが想像できる。
(そっか……なるほどなぁ……)
思い至れば、なにかすっきりしたものが、結花の中に降りてきた。不思議なくらいの爽快感を、彼女は胸の中に抱いた。
もしもそれが、目の前にいる桜子の雰囲気がさせているのだとしたら、結花は白旗を挙げたい気分になった。
(多分、センパイも、こんな気持ちだったんだろうなぁ……)
抱いた“陰”を、いとも簡単に溶かしてしまう、桜子の天才的な“陽気”…。
(敵わない、わけだ……)
不思議とそれを、悔しいと思わなかった時点で、結花は自分の完敗を認めていた。それさえも、清々しく思ってしまうのだから、固有のオーラを持っている人間というのは、本当に存在するのだと、感嘆するしかなかった。