龍一の回想-2
気にすれば良くない方向に行きそうで恐い。だから考えないようにして、仕事に精を出せばいいさと俺に言い聞かせる。今は仕事が楽しくて仕方がないからな。
俺こと龍一、23歳。
会社では比較的仲の良かった同僚の島田とつるむようになった。眼鏡をかけた少し慇懃無礼な奴だ。
「龍一、君は水樹さんのことをどう思ってるんだ?」
「どうって、別に何とも思わんよ」
26歳という若さで総務課長の椅子に座った実力派女性社員。それが水樹さんだった。スリムで背が高く、やや小麦色の肌をした美女。二重瞼の目にシャープな輪郭、ストレートな髪は栗色で肩口まで伸びている。更に頭脳明晰、その爽やかで飾らない人間性から部下からの人望も厚い。
「年上って憧れるなあ」という島田に、「別に」と素っ気なく返す俺。
「しかし、当の水樹さんには、既に目をつけている男がいるらしい」
「あっそうかい、じゃあその男は幸せ者だな」
「君のことだよ、龍一」
「まさか」
「そのまさかだよ。だから友人として忠告してあげるよ。彼女には気をつけろ」
島田からの忠告に「はぁ?オマエ、水樹さんに何を気をつけろっていうんだ?」と返す俺。
「しっ、声が大きい。彼女は表向きはああやって上品な女を演じているが、裏では正真正銘の女王様なんだ」
へぇー、驚いたねえ。あの水樹さんが女王様って、要するにS女っていうやつか。
「S女どころかスーパーS女だ。彼女に従属する男は誰もが身も心も精魂尽き果てるまで奉仕させられ、女は玩具にされる。それで使えなくなったらポイ捨てだよ」
なんか酷い話だな。
「ああ、鬼女だよ彼女は。だから君も気をつけろよ」と言って島田はこの場を後にした。
だが俺は話のリアリティを今一つ掴めないでいる。机上の理論では色々と解っていても、俺は女を知らなかったからだ。
それに水樹さんに対しても、いい人だと思っていても異性として意識したことはなかったからな。
「お昼休みは、いつもこうなの?」
水樹さんから声を掛けられた。目の前の彼女は、春のそよ風を思わせる清涼感のある笑みを浮かべている。
「いえ、他にやることないですから」
俺は休み時間にコナン・ドイルの「緋色の研究」を読んでいたところだ。昨晩、古本屋にて105円で手に入れた。
「コナン・ドイルって、あのシャーロック・ホームズの?」
「さすが水樹さん、よくご存知で」
「でもドイルって本業は医師なんだよね」
「眼科医です。当時は本業も不況だったようで生計をたてる為に暇潰しに書いたのがこの本だったとか」
「それじゃあドイル本人はそれほど乗り気で書いた訳でもなかったのかしらね」
「かも知れないですね」
なんて、どうでもいいような会話ばかりだったからな。
やっぱり島田のいうように俺は彼女から目をつけられてるのかねえ。
そういえば島田が言っていたが、水樹さんは最近になって新しい下僕が出来たらしい。
たしか、内藤という男だったと思うが。