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「おう、清香お疲れー」
休憩をしようと体育館の二階席にあがると、そこに男子四人集が座っていた。もちろん、その仲に圭司の姿もある。
「何かすげー活躍してたじゃん。燃えてたな」
茶化すような優斗の言葉に「あれが燃えてたように見えるのか?」と打ち返し、溜め息を吐きながら優斗の隣に腰掛けた。汗ひとつかかない涼しい顔で、コートに視線を向ける。
「男子は試合、いつなの? つーか優斗、ちゃんと試合出るんだよねぇ?」
優斗と雅樹はずらかってもおかしくないと思い、清香はひとまず訊ねてみた。優斗は隣で腕のストレッチを始めた。
「出るよ、バスケおもしれーじゃん。次の試合、俺ら四人プラスひ弱な鈴木君のチームだから見に来てよ」
鈴木君は何の変哲もないクラスメイトだ。確かに四人に比べるとひ弱に見えるけれど、確かバドミントン部に加入しているはずで、体育館で隣り合わせる事がある。二階席をぐるりと見回すと、少し離れた所にいるクラスメイトの中に鈴木君の姿を発見する。
「あぁ何か緊張して俺、小便したくなってきた。ちょっとトイレ」
そう言って秀雄が立ち上がると雅樹がダルそうに立ち上がり「俺も連れション」と階段席を降りていく。
「俺はウンコ」
優斗は清香の肩をポンと叩き、雅樹の後ろをついて行く。雅樹も優斗もジャージの裾を引きずって歩いている。あの格好でバスケをやるのかと、清香は絶望的な気持ちで彼らの後ろ姿を見ていた。
背後に残る人の気配に気付かないはずがない。周りに人がいない空間に二人きりで取り残されてしまった清香は、わざとらしくその場を立ち去るのもおかしいような気がして、幾らか白々しく視線をコートに向け、試合を観戦しているフリをする。
後ろにあった気配は移動し、清香の隣にふんわりと落ちてきた。顔を向けた隣に、圭司の顔があった。真隣で目が合ってしまった清香は、瞬時に顔を背け、こめかみから下がる後れ髪を無意味に耳に掛ける。
「さっき、試合見てたよ。清香、活躍してたな」
清香、と呼ばれる事自体が初めての事で、驚きつつ「そんなでもないよ」と目も合わさず答える。動揺して、頬杖をついていた肘が膝からすぽんと落ちてしまった。咲の事は「川辺」と苗字で呼んでいたはず。自分は名前なのか、と少し優越を覚える。
「何かさ、高校に入ってから清香と喋るの、初めてだよな?」
コートを見つめたまま無言で二三回頷くと、圭司は「んー」と悩まし気な声を上げる。
「俺の事避けてんの?」
突として訊かれ、清香は思わず圭司の顔を見つめてしまう。何かを思い出したように途端に頭をぶんぶん振り、思いつくまま早口で言い訳がましく連ねた。
「何となくだよ、何となく喋る切欠が掴めなくて今に至る? みたいな。話す用事もなかったし? だって圭司だって私に話し掛けようとしなかったじゃん」
「何となく清香に避けられてる気がしてたから」
対照的に圭司はゆったりとした調子で笑みを浮かべながら返すので、清香も今度はゆっくり、首を横に振ってみせた。圭司は「あ、そう」と目を見開き、何かがほどけるように笑う。
「これで誤解は解けたと言う事で」
すっと差し出された手の意味が伺い知れず、清香は再び圭司に目をやると、圭司は「ん」と言ってもう一度、色の白い手をぐいと差し出す。やっと意味を理解してその手を握った。見た目よりずっとごつごつしていて、男の手なんて握った事がなかった清香は朱の射す頬を見られまいと、再びコートに目を移した。
「連れション、遅いね。あ、優斗はウンコだっけ」
「優斗はウンコだったな、確か」
清香と圭司を二人きりにする絶好のチャンスだと思って、優斗は気を遣ってくれたのだという事が清香には何となく分かる。肩に置かれた優斗の手が物語っている。トイレの個室に入って何もせずにタバコでも吸っているのかも知れない。優斗は咲の言う通り、馬鹿だけど、ヤンキーだけど、心の奥底から優しい、と清香は感得している。
そのうちぞろぞろと気怠げに、三人揃って席に戻ってくると同時に、一階のコートでホイッスルが鳴り、次の試合の準備が始められた。
隣にいるのが優斗だったら、背中でもドンと叩く所なのだが、圭司だから、圭司の向こうに座ろうとした優斗の顔にめがけて「はい、いってらっしゃい」と声を飛ばす。優斗はちらりと清香に目線をくれると、にやりと笑う。その笑顔の意味を清香は当然、理解している。
「お疲れー」
咲は汗まみれだった。今日は五月晴れを絵に描いたような日で、屋外の競技はまるで夏の様相だ。咲以外の二人も、頬が上気しているのが分かる。
「バレーボール、超暑い。つーか外、超暑いんだけどー」
ジャージの上着をぶんぶん振り回しながら風を起こしす咲に、他の三人はぶつからないように離れて歩く。
「あれ、清水先輩の試合は見に行かないの?」
咲に向かって清香が声を張ると「午後からー」と間延びした返答がくる。
「さっき先輩に会って、頑張ってください、ミャハってやってたよ」
苦笑気味に留美が言うので清香は「そうか」と思いっきり苦笑してみせる。あれだけあからさまに自分の感情を表に出せるのが、咲の魅力なのかも知れない。清水先輩がそれに気付いてくれるといい。そう思いながら、すっと咲に目をやると、「そうそうさっきねー」と清水先輩に話し掛けたと言う話をそっくりそのまま聞かされ、清香以外の二人は声を殺して笑っていた。