耽ける兎-5
いざスケベ男になろうとしても、やはりツキコに嫌われたくないという思いもあった。
我ながら、決断力に乏しく情けない。
ツキコが、興味津々な面持ちで、ねぇ何? などと、再三訊いてくる。
「言うと、引かれそうだから、あまり言いたくはないんだけど」
「そんな事、しないわよ。言ってみて?」
「じゃあ……ハヤカワさんは、俺の事考えてオナニー、したりするの?」
「なっ……!?」
ツキコは体を仰け反らせて、そのまま硬直した。
俺のことを何か苦手な昆虫でも飛んできた時のような顔をして、見つめていた。
ドン引きもドン引きだ。
急にこんな事を言われたら、いくら好きな男からでも、女は大抵こうなるだろう。
そういう意味では、ツキコは全く正しい反応をしている。
「ほらね、やっぱり、引いちゃうだろ?」
「信じられないわ。タムラ君が、そんなスケベな事、言うなんて」
「スケベで悪かったな。結局さ、ハヤカワさんが好きな俺は、想像上のものなんだよ。本当の俺じゃない」
「そんなこと」
「だからさ、真面目なハヤカワさんが、俺と付き合いたいなんて間違いだったんだよ」
「そんなこと、ないわ。わたしは、今でも告白してよかったと思ってる」
「でも、俺、変態かもしれないよ?」
「告白しなかったら、きっと、こういう話って出来なかったわ。普通の話ばかりで」
変な話をして、呆れられてしまえばツキコの目も覚めるだろうと思ったが、話は別の方向に向かった。
普通じゃない話をするツキコは、俺にはあまり想像できない。
俺の考えるツキコも、やはり想像上のもので、本当の彼女は別にあるのだろうか。
景色も薄暗くなり、気温が一段と下がったような気がした。
「暗くなってきちゃったな。変な話して、ごめんな。帰ろうか?」
「タムラ君、わたし、あなたが思ってる程、真面目じゃないわ」
「え?」
「あの――今日は、ちょっと遅くまで起きててもらってもいい?」
「なんでかな?」
「夜遅くに、電話するから。そこで、話すわ」
「あ、ああ、わかったよ」
「じゃあ、わたし、先に帰るね。また、あとで」
ツキコはそう言うと、そそくさと早足で帰っていった。
ツキコには電話番号は教えていたが、実際に電話で話したという記憶は無かった。
俺も彼女の番号を知ってはいても、電話を掛けることは無かった。
別に学校で会えるから、電話をする必要性も感じなかったのだ。
何の電話をするつもりなのか。
俺は残ったお茶を一口で飲み干すと、とりあえず家路につくことにした。