★★-6
後処理を終えた後、湊はぐったりした陽向の横に寝そべった。
髪に触れると、陽向はうっすらと目を開いた。
「疲れちゃった?」
コクッと頷く。
首筋に頭を当てると、陽向は直ぐに眠りに落ちてしまった。
湊はしばらく子供のようなあどけない寝顔を見ていた。
「なんでこんな可愛いんだよ、お前」
湊は心の中でそう呟き、愛おしい彼女にもう一度キスを落として目を閉じた。
風間陽向。
自由で強気な女。
湊の中で陽向のイメージはそうだった。
あれはいつ頃だっただろうか。
大学1年の春頃か?
たまたま彼女と体育の授業で一緒になった時の事だ。
専門的な事を学ぶのは、大体2年の終わり頃からだ。
全学部、それまで全く必要ないだろうと思われる授業ばかり必修としてとらされていた。
その中に体育の授業もあった。
そこで陽向と初めてまともな会話をしたのを覚えている。
「よ、久しぶり。入学式以来?」
入学式で隣に座っていたことを忘れもしなかった。
遅れて入ってきてすぐさまウトウトし始めるなんとも自由な女。
でも、名前は知らない。
栗色のショートカットに、クリクリした目。
小さな鼻に、可愛らしい唇。
陽向は、綺麗というよりは、可愛い小動物のような感じだ。
その顔が湊を「誰?」といったキョトンとした表情で見つめたのも一瞬で、思い出したのか、すぐに固い表情に変わった。
「なに?」
「なにって。見たことあるやつがいんなーと思ってさ。お前もバスケ選んだんだ?」
「そーだよ」
「ウトウトしてボールに躓いて転ぶんじゃねーぞ」
ははっと笑うと陽向は湊をキッと睨んで「うるさいな!」と言って友達のところへ行ってしまった。
運動音痴そうなオーラを放っていたので、嫌味でも言ってやろうかと思っていたが、練習試合の日にその思いは打ち砕かれた。
声掛けやフォロー、技術も周りより長けている。
男女混合チームで陽向は誰よりも背が低かったが、彼女はそれを物ともせずスルスルと敵をすり抜けていく。
普通に上手いんですけど…。
湊はあまりの上手さに鼻で笑ってしまった。
シュートが決まった時の嬉しそうな笑顔が忘れられなかった。
試合が終わった時、湊の足は陽向の方へと向かっていた。
ポンッと肩を叩くとギョッとした顔で陽向は湊を見た。
「えっ、なに?」
「お前、バスケちょー上手いのな」
「中学ん時、バスケやってたんだ。久しぶりにやったから体なまりまくってたけど」
陽向はケタケタ笑って答えた。
初めて見た笑顔に、胸をぐっと掴まれた気がした。
「チビなのによくやるな」
「チビじゃないもん!」
陽向がムッとした顔をしたとき、遠くから「陽向ー!」と声がした。
「あ!待ってー!今行く!」
その時、彼女の名前を知った。
「お前、ヒナタって言うんだ」
「そーだよ。風間陽向」
「じゃあ陽向って呼ぶわ」
「彼氏でもないのに気安く下の名前で呼ばないで!」
陽向はそう言うと、友達のところへ走って行ってしまった。
それ以降も体育の授業がある度、湊は陽向をからかい続け、いつしか彼女をからかうのが日課になっていた。
たまに食堂やラウンジで会ってはからかい、子供のような捨てゼリフを吐かれ怒られる。
色んな女を見てきたが、陽向みたいな女は初めてだった。
バカにすると真に受けて本気で怒る。
大抵の女は自分に話し掛けられ、下の名前を呼ぶと嬉しがっているのを知っていた。
でも、陽向だけは違った。
いつも話し掛ける度に「あんた何様なの?」的な目で睨まれ、話し掛けんなオーラを放っている。
彼女には、嫌われていると分かっていた。
しかし、嫌われれば嫌われるほど構いたくなる。
そして、自分にはあの日以来見せてくれない笑顔を独り占めしたかった。
何としてでも振り向かせたかった。
だから、キスをした。
言葉で言い表すのは本当に難しい。
自分が恋愛に不器用なのは昔からのことで、同じようなことをして本気で好きになった女はいつも自分から離れていった。
その時は、それまでだと思っていたが、陽向だけは違った。
傷付けて泣かせてしまった時、どうしようもないくらい心が傷んだのを覚えている。
陽向の泣いた顔を見たくないと思った。
笑っている顔が、一番似合うから。
気付いたら好きになっていた。
いつからかなんて、覚えていない。
無意識に目で追う自分がいた。
あんなに嫌われていたのに、どうしてこうなることができたのか、自分には分からない。
きっと、神様しか知らない。