★★-4
翌日、陽向は対策授業に大幅に遅刻した。
完全に二日酔いだ。
というのは表向きの理由で、本当は泣きはらして起きた時の顔があまりにもひどかったので、行く気になれなかったのだ。
少しはマシになった昼過ぎに学校に向かう。
「陽向。顔大丈夫?」
昼食を摂っている楓たちの所に行った時、第一声がそれだった。
「なんか顔腫れてない?」
「ははは…。飲み過ぎちゃって」
「また飲んでたのー?!弱いくせに酒豪だなぁ」
楓は笑いながら「はい、とっといたから」と言って午前中のプリントを陽向に渡した。
「ありがと」
バッグにプリントをしまっていると、後ろから「風間」と声をかけられた。
振り向くとそこには、看護学部の鬼教官と言われている城田正弘がやや怒り気味で立っていた。
「あ…お、おはようございます」
「おはようございますじゃねーだろ。終わったら俺の研究室に来なさい」
「はい…」
城田はそれだけ言うと、教室から出て行った。
「あーあ。呼び出しだ」
「最悪」
「遅刻ばっかしてるからだよー」
三人がゲラゲラと笑う。
昨日から最悪な事ばかり起こる。
午後になり、また問題と奮闘するも解く気になれず、テキトーに終わらせた。
20時。
陽向は図書室にいた。
冬休み中とあって、生徒は誰一人としていない。
あの後城田の研究室に行き、遅刻の回数が多過ぎると怒られ、今日の午前分の問題プラス城田から課題を出された。
明日までにやってこい、と。
こんなことになるんだったら、ひどい顔でもいいから朝から行けばよかったと後悔する。
目の前にあるプリントを凝視する。
問題数が多すぎて萎える。
シャーペンを握り、必死に答えを考えるが、頭が拒否しているのか次第に睡魔に襲われる。
10分だけ…。
陽向は自分に甘え、机に突っ伏した。
パラパラと紙をめくる音がする。
違和感に気付いた陽向は、身体を起こして音のする方に目をやった。
「お。起きた」
「え…何してんの?!」
「お前が作詞してんだ」
向かいに座った五十嵐は意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
なんでこんなとこに五十嵐がいんのよ!
陽向は寝起きのぼんやりした頭を整理しようとしたが、五十嵐が聞き覚えのある言葉を口にしたので一気に思考が止まった。
ルーズリーフに書いた自分の歌詞を読んでいる。
「ちょっと!やめてよっ!」
陽向は立ち上がって五十嵐の横に行き、紙を奪おうとした。
が、遠ざけられる。
「やだっ!返せバカ!」
からかわれながらやっと取り返すと、五十嵐はニヤニヤしながら陽向の顔を見た。
心臓がドゴンと鳴る。
「な…なに…」
顔が5センチもないところまで近付いてくる。
忘れもしない五十嵐の香りが鼻を掠める。
「…キスしたい?」
「えっ…」
突然の問いに陽向は固まった。
五十嵐の瞳から目を逸らすことができなかった。
バクバクと心臓が暴れ出す。
「俺はお前にキスしたい。お前が嫌ならしないけど」
したくないと言ったら嘘になる。
陽向は黙って俯いた。
「したい…」
言ってしまった。
とてつもなく恥ずかしい思いに襲われる。
五十嵐はフッと笑って陽向のこめかみに手を添えると、顔を傾けて触れるだけの短いキスをした。
あたしは、五十嵐に遊ばれているのか?
彼の気持ちが全く分からない。
きっとあたしのことなんか、何とも思ってないんだ…。
あたしは…五十嵐のことが好きなのに…。
涙が溢れてくる。
「おい…何で泣いてんだよ。嫌ならしないっつったじゃん」
「違う…」
違うよ…。
「何が違うんだよ?」
「あたし…」
口が裂けても言いたくない。
でも…。
「あたし…五十嵐のことが…すき…」
嗚咽が飛び出す。
ついに言ってしまった。
きっとフラれる。
彼女、いるんだろうな…。
陽向は両手で顔を覆って泣きじゃくった。
「泣くんじゃねーよ。泣き虫」
手首を掴まれる。
抵抗する気もなく、涙でぐしょぐしょになった顔を五十嵐に向ける。
目の前の顔は笑っている。
涙がボロボロ零れていく。
「今の、もっかい言って」
「へ…?」
五十嵐に優しく抱き締められる。
「五十嵐が…すき……」
「俺も」
うそ…。
さっきとは違う涙が頬を伝う。
「こっち向いて」
頭上でやわらかい声がする。
いつもとは違う、優しい声。
陽向は背が低いので、五十嵐を自然と見上げる形になる。
親指で涙を拭われ、またキスをされる。
今度は激しいキス。
今までのとは違う、包み込まれるような感覚。
気持ちよすぎて、我慢しても声が漏れてしまう。
「ぁ…ん…」
大きな手のひらが身体を撫で回す。
てか、ここ図書室じゃん!
突然、現実的な考えが頭を掠めた。
「ちょ…い、五十嵐…。こんなとこで…やだ…」
身体を撫で回していた腕を握る。
唇が離れる。
「俺んち来て」
五十嵐はそう言うと、陽向の手を握って優しく微笑んだ。