14-1
事の顛末を、呆然とした面の二人に話した。矢部君がするであろう反応は予想できた。
「私があんな事言っちゃったから、曽根山さん、相手に......」
そして涙目だ。ここまでは完全に予想の範囲内で、俺は「悪いのは富樫だから」と言ってやった。
「曽根ちゃんは、富樫に自分の気持ちを言って、駄目だったら警察か、俺に連絡するって言ってた。連絡できなかったんだろ、だって脇腹にナイフ刺さってたんだぞ。血の海だ」
矢部君は口元を押さえて、歪んだ顔を隠している。ぽろり、彼女の頬に光る物が伝った。泣いても叫んでも、曽根ちゃんは眠ったままなのだ。矢部君はそんな事は分かっているのだろうけれど、きっと涙の制御ができないのだろう。俺だって一歩間違えば大洪水だ。
「で、富樫はどうなったんだ」
「お母さんの話では、警察が事情聴取ってやつ? やって、自分がやったって言ってるらしい。留置場にでもいるんじゃねーか」
俺と顔を合わせたときの、引き攣った表情。彼は何を思って俺を見たのだろう。犯罪者の思考なんぞ分かりたくもないが。涼しい顔で逃げ去った、とは言いがたい顔だった。罪の意識はあったのだろう。俺が早く発見してくれる事になって、ほっとしたのかもしれない。
「殺人未遂、とかになるのかなぁ?」
ティッシュで涙を押さえながら震える声で会話に参加して来た矢部君は、鼻をぐすんと一度すすった。
「強姦致死とかもあるよな、確か。何になるんだか知らないけど、まぁ、殺人未遂ってのは間違いないから、刑務所行きだろうな」
富樫は目の前から消える、それで俺は十分だ。刑務所に入ろうが何だろうが、曽根ちゃんの目の前から消えてくれればそれでいいのだ。だがあいつが消えたところで、彼女の消え失せた意識は戻って来ない。苛立たしく、腹立たしく、何もできずに手をこまねいている自分もまた、嫌だった。
「そうやって人を傷つける人間には、敵討ち法とかで同じ目に会わせてやればいいと思う」
矢部君の言葉に思わず苦笑して、でも「そりゃいいな」と同意した。あいつのケツの穴に棒でも突っ込んで、脇腹を刺してやればいい。誰が? それは俺ではない。所詮他人なのだから。
「家族って、いいよな」
「何だいきなり」
智樹は訝し気な目で俺を見た。目の前に置かれた少し冷めたカフェオレを一口すする。
「もしもだよ、世の中に敵討ち法が制定されたら、敵討ちできるのって多分、血のつながった家族だろ。病院で、詳しい事を聞けるのも家族。今、曽根ちゃんのアパートに入る事ができるのもきっと家族。家族じゃないとできない事って、結構多いんだ」
「お前、曽根山さんと結婚しろ。そしたら家族だぞ」
俺はまじまじと智樹の顔を見た。こいつは何を言ってるんだ。付き合い始めてまだ数ヶ月の俺達に、結婚しろだと? ふざけた事を。しかも相手は意識不明。
「寝言は寝て言え、バカ」
俺の言葉に頬を緩めた智樹は「何はともあれ、命は助かって良かったよな」と改めて言った。確かにそうだ。彼女は寝ているだけなんだ。助かったんだ。明日にも、いや、今この瞬間にも目を覚ますかも知れない。
贅沢なお願いだって事は分かってる。だけど彼女が目を覚ました瞬間、初めにあのうつろな目と対峙する相手は、家族ではないけれど俺であって欲しい。そんな思いがふわっと湧いて出た。
「智樹さぁ、お前カリスマ性ありそうだから国会議員にでもなれよ」
「そんで俺に何やらせるつもりだよ」
俺は曽根ちゃんが倒れてから初めてかもしれない、きちんとした笑みを浮かべる事ができた。いや、少し歪な笑みだったかも知れない。それでも「笑顔」に分類されるものだっただろう。
「敵討ち法案を成立させるんだ。敵討ちしていいのは血縁者と、恋人、っていう条件をつけるんだよ」
智樹も一層頬を緩め「カリスマ性でいったら、お前の方がありそうだぞ」と俺を突き、笑った。隣で矢部君も笑う。
こんな時ですら一緒に笑ってくれる人が、家族じゃなくて何なんだ。俺にとってこいつらは家族だ。俺は密かに左腕につけているブレスレットを、ニットの上からぎゅっと握った。
曽根ちゃんが目覚めたらすぐ連絡をくれるように、お母さんに伝えてあったが、その日は連絡がこなかった。俺は久野家で夕飯をご馳走になってから家に帰った。元気が出た、と言う言葉には語弊があるが、落ち込んでばかりもいられないと思い、俺は少し仕事に手を付けた。
翌日は午前中から面会ができる日曜で、智樹と矢部君も一緒に面会に行く事になった。二人は午前中ずっとベッドサイドにいて、お父さんとお母さんと話をし、それから帰って行った。俺はそれからも病室と売店を行ったり来たりしながら、曽根ちゃんのお目覚めを待ったが、この日も眠り姫は深い眠りから覚める事なく、規則的に胸を上下させていた。