お屋敷にて-3
わしは頭を下げたが、ミツナ女史は上半身を45度にしてお辞儀をしていた。
わしからちょっと離れたところで二人の会話は始まった。
「あちらの方は?」
「受精補助師の方です」
「随分なお年寄りに見えますけれど」
「それが見かけによらず、ものすごく元気な方で……」
「あら、ミツナはどうして知っているの」
「そ……それは」
「でも変ね、登録している人は全部調査したはずなのに、名簿にはいらっしゃいませんでしたね、あの方」
「登録外の方です」
「何故、そのような……」
登録外と聞いた途端、ルイカお嬢様は顔をしかめた。それを見てミツナさんは慌てた。
「でも、お嬢様。あの方は遺伝子検査も血液検査も結果はすべてAランクなんです」
「Aランク? 今どき何かの間違いでは?」
ルイカお嬢様はちらりと目の端でわしを一瞥すると険しい顔でミツナ女史を睨んだ。
「いえ、本人の言葉ではなく、こちらが内密に調査した結果です。
ご主人様も許可して下さいました」
種付けに反対している筈のミツナ女史が、わしを弁護しているのが奇妙だった。
ルイカお嬢様はわしとミツナ女史を交互に見てなにやら思案しているようだったが、彼女に向かってなにやら囁いた。
「ええっ? 私がですか」
「お前が勧めるということは、当然そうなっても大丈夫ということでしょう?
早速始めなさい」
「でも……私には資格が」
「登録外の方なのでしょう。問題ないわ。私が見ていてあげるから、すぐにしてもらいなさい」
「お嬢様が見ているのですか? は……恥ずかしいです」
「そうですか、決まったわね。ミツナが嫌なら、私も嫌です。
あの方に帰ってもらって」
そう言うとルイカお嬢様はぷいと顔をそむけて出て行こうとした。
「ま……待って下さい。やります。受精してもらいます。
だからお嬢様も別な日に必ず……」
「それは今約束できないわ。
まず種付けがどんなものか見てみないことには決められませんもの」
聞いていたわしにも、このあたりになってようやくわかった。
つまりルイカお嬢様は種付けが怖いのだ。
だからミツナ女史に種付けするところを見学して様子を見ようとしているのだ。
ミツナ女史はわしのところに来た。わしはミツナ女史の説明を聞いた。
「あなた、お嬢様があなたのことを信用していないので、私に先に種付けするようにとのことです。
言ってること、わかりますか?」
「あんたと先にしてみせればお嬢様がわしを信用してくれるってことかい」
「そういう場合もありますが、そうならない場合も」
「じゃあ、そうならなかったら、ミツナさんの思い通りになるってことだな。
あんたはルイカお嬢様にわしが種付けするのを反対していたからな」
痛いところを突かれてミツナは慌てて言い繕った。
「そ……そうですよ。
決して良いものではないことをお嬢様にわかって頂く為に私が身を呈して……」
「じゃあ、わしもミツナさんに協力しよう。
下品な私を正直に見せてミツナさんの言う通り、お嬢様には相応しくない種人だとわかってもらおう」
「えっ、駄目です。わざと下品にしては。できればなるべく上品にしてください。
それでもボロが出るものです。出ない場合も可能性としては僅かにあります。
そっちの方を期待して、なるべく猫を被って下さい。
私も本当は反対ですが、ご主人様のお言いつけを守らなければいけないので、うまく行くに越したことはないのです」
「ミツナ、もう少し時間がかかるの?」
離れたところからルイカお嬢様が声をかけて来た。
「はい、ちょっとこの者と打ち合わせをしております。始めるときはお知らせ致しますから、お楽になさっていて下さい」
「そう……」
ルイカお嬢様は傍にあった椅子に腰掛けると、静かな音楽をかけて聴いていた。
ミツナ女史はわしを部屋の反対側の隅っこに呼ぶと声を潜めて言った。
「お嬢様の前であの部分を指す言葉を露骨に言わないで下さい。
お嬢様はそのことを嫌います。あの行為のこともそういう言葉で言ってはいけません」
わしは困ってしまった。
それじゃあ一言も喋らずやれと言うのか、その方が何か不気味な気がする。
「じゃあ、なんて言えば良い。このわしの道具のことを。バナナとでも言うのか」
「それを連想させる物も駄目です。かえって卑猥です。小人さんはどうでしょう?」
「じゃあ、女のあそこは?」
「お菓子の家です。お嬢様はそういうメルヘンっぽい言い方なら嫌わないと思いますから。」
「メルヘンね。それじゃあオッパイはなんて言えば良いんだ?」
「礼拝堂にして下さい。その他もそんな調子でお願いします」
そんな調子と言われても、どんな調子なのかさっぱりわからないが、あと1つだけ聞きたかったことがあった。
「じゃあ、あの行為は何て言えば良いんだ。
あれしましょう、じゃ駄目なんでしょう?」
「あれは……雛祭りです」
「ひ……雛祭り? 思い切りイメージがかけ離れているなあ」
「だから良いのです。では、始めましょう。お嬢様、こっちの打ち合わせが終わりました」