第三章 出会い-1
1年後、綾乃は隣町にある名門私立高校に進学していた。そして、新体操部に入部し、大学を卒業したばかりの新任コーチ結花と出会った。綾乃は、気さくで飾らない性格の結花とすぐに打ち解けた。そして、綾乃の才能に惚れ込んだ結花の熱心な指導で、春の新人戦で見事に優勝を飾った。
綾乃は、誰よりも賢く、美しく、そして気高い自分を取り戻していた。
綾乃は結花と手を取り合うようにして、更なる高みを目指して練習に励んでいた。そして、全国大会の予選を兼ねた重要な大会を前に、結花と二人だけの強化合宿に望んでいた。
結花の手配した合宿所は、山間の静かな場所にある私企業の所有する体育館で、宿泊施設も清潔で管理の行き届いたものだった。そして、オフシーズンであることもあり、綾乃と結花が滞在する三日間は他の利用者がなく、貸し切り同然の状態だった。
「すっごーい。こんなに大きな施設を貸し切りなんて、本当に贅沢ですね。」
「気に入ってくれたら嬉しいわ。」
「気に入るも何も、結花さんと二人で合宿に来られただけでも嬉しいのに、こんなに素敵なところを、本当にありがとうございます!」
はしゃぐ綾乃を結花が優しい瞳で見詰める。そして、綾乃の瞳を覗き込むようにして、結花が話し始めた。
「綾乃。この場所を手配したのはね。綾乃の才能を開花させるためなの。
あなたは今でも十分に素晴らしいわ。技術も、集中力も、そして、大きな瞳やエキゾチックな顔立ち、誰もが憧れるような素晴らしいプロポーションも新体操では高い評価に繋がるわ。
でもね、綾乃の才能はこんなものじゃないの。綾乃の中にはまだ、光り輝くような才能が眠っているのよ。だから、結花を信じてついていらっしゃい。あなたは生まれ変わるのよ。」
綾乃を覗き込む結花の瞳は、神秘的であまりにも魅力的なものだった。綾乃は、結花の熱い言葉より、結花の熱い眼差しに胸の高鳴りを覚えていた。
初日の練習は大会で踊る演技の確認だった。大会直前でもあり、細部まで拘った厳しい指導が続く。結花の厳しい指導に綾乃は笑顔で応え、何度も修正を繰り返しながら演技を完璧なものに高めていった。
「よし、綾乃!いいよ。終わりにしましょう!」
「はい。コーチ!」
「良くなったわ。一日でここまで出来るとは思わなかった。本当に綾乃は頑張り屋さんね!」
「コーチのお蔭です。コーチの指導なら、どんな事でもできそうな気がします。」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。
でも、綾乃。喜ぶのはまだ早いわ。頑張るのはこれからよ。
今が、これまでの綾乃の最高の状態よ。そうでしょう?」
「はい!」
「でも、今のままでは全国では勝てないわ。」
「・・・・・」
「だから、変わるの。この合宿で生まれ変わるのよ。そして、全国を制して世界へ羽ばたくの。
さあ、部屋へ戻ってシャワーと食事を済ませましょう、早速、ミーティングを始めるわよ!」
「はい!」
夕食は結花が特注したパエリアだった。ナイフとフォークで上品に食べようとする綾乃に、結花はムール貝や海老を手掴みで豪快に皮をむき、綾乃の口元へと運んでやる。綾乃は、そんな結花に驚きながらもムール貝を口いっぱいにほおばっていた。
「意外です。コーチみたいな美女が、こんなに豪快に食事をされるとは思ってもいませんでした。」
「まあ、美女なんて言い過ぎよ。それに、体育大学では皆こうやって食べるのよ。その方が美味しいわよ!」
「言い過ぎなんかじゃありません。コーチはスタイルも良いし、何よりも優しくて、選手思いで、私、コーチが大好きです。コーチみたいになりたいって、心から思っています。」
「まあ、嬉しい。」
そう言いながら結花は、むき上げたムール貝をまるごと綾乃の口へ放り込んだ。
「ず、ずるいです、これじゃあ、話しができません!」
綾乃が怒って、ほほを膨らます。
「綾乃は本当に可愛いわ。食べてしまいたいくらい大好きよ。
だから、絶対に綾乃を世界に通用する選手にしたいの。
その為なら、どんな事でもするわ。」
「コーチ・・・」