〈聖辱巡礼〉-11
「うぅッ!!む、むぅ!!」
自慢の髪が、見知らぬ不潔なオヤジの手で触れられる事に嫌悪し、梨沙子は顔を背けて頭を振った。
逃げようと手足を振り回してみても、足首がブラブラと振られる程度のもので、梨沙子の想いを反映するには至らない。
『可愛いねぇ……兎ちゃんか仔犬ちゃんみたいだ……』
「むぐぅ〜〜ッ!!!」
涙がポロポロとこぼれ落ち、悲痛な叫びが小さく響いた。
膝を曲げて仰向けで腹を向ける様は、御主人様に服従の態度を示す飼い犬のようだ。
オレンジ色の服を着させられた小型犬。
鳴きながら御主人様の御機嫌をとり、甘えている飼い犬の姿に酷似して見えた。
(い…嫌あぁぁ!!!)
オヤジは手にした梨沙子の黒髪を持ち上げると、そのまま口へと運び、目を閉じて美味そうに喰わえ込んだ。
それは少女の身体に対して、なんの慈しみも持ち合わせていない事の片鱗が現れた瞬間であった。
女性の命と例えられる髪。自分の頭髪に無頓着な女性などおるまい。
梨沙子も頭髪には細心の注意をはらい、毎日の入念な手入れを欠かす事はなかった。
冷水で濡れたような輝きを放つ黒髪は、梨沙子の魅力を極限まで高める宝石のような装飾だ……そんな美しい黒髪にオヤジはしゃぶり付き、舌で舐め回して汚していく………。
爽やかな香りを放つ黒髪は、オヤジの涎の異臭を放つようになり、まるで油でも塗られたかのように、ベタベタと纏まって輝きを失った。
(わ…私の髪……髪が………)
初めて……梨沙子の心に初めて強い怒りの感情が生まれた。
今まで、ただの一人も、梨沙子の美貌を汚した男など居なかった。
心地好い対応、自尊心を擽る言葉。
身近にいる“アイドル”に、誰もが優しく接してくれたし、投げかけられる言葉も選ばれたものばかりだった。
自分は特別だと思う事に疑問を持つ事もなく、至極当然と受け止めてきた毎日。
そんな日常に、このオヤジが顔を出したのだ。
なんの脈絡もなく、邪魔しにかかってきたのだ。
楽しいはずのデート。
女王様気分を味わえたはずのデートを妨害して、自分の身体までも汚そうとしてくる。
それは、余りに過ぎた〈行い〉であり、許されざる犯罪である。
恐怖に勝る憤怒が、梨沙子の感情を埋め尽くした……声を出せない事も、身体の自由が利かない事も、もう関係なかった。
「むうぅぅッ!!ぐぅぅ!!」
およそ似つかわしくない声をあげて梨沙子は叫んだ。
眉間に深い皴を寄せて、憤怒のままに睨んだ。
オヤジは怒りの感情を爆発させた梨沙子の髪を噛んだまま、少し怯んだように顎を引き、瞬きをして視線を逸らした。