ROB-14
横並びになった数字の一番端に位置している「8」が,橙に光る。冷たい壁にもたれ掛かっていた体をなんとか起こし,俺はエレベータの狭い空間から出た。L字に曲がった通路の向こう。あの部屋に,俺を待つ者は誰もいない。それでも,歩かなくてはいけない。布団の柔らかい感触が恋しい。
出来れば,気付きたくなかった。俺が孤独に溺れていたということに。気付かなければ,ずっと勘違いしたままでいたままで居ればきっと,楽だったろうに。
勘違い,か。
ヤマダは勘違いしていた時があったのだろうか。
俺の中に存在するヤマダは,いつも屈託のない大らかな男だった。
そういえば……俺は今まで,誰かの中に存在することが出来たのだろうか。
誰かの中に存在したかったのだろうか。
否,どうしてもっと勇気を出さなかったのだろうか。
どうしてもっと勇気を出さなかったのだろうか。
別れるときのことばかりを気にして,寂しさを代価に繋がりを避けてきた。
自分から切り離してしまえば,強い自分でいれたから。
それが,外側の自分を形成するものでしかないことを知らずに。
外側の自分は,内側の俺を背に隠していつも無表情。
俺たちは分離していた。時々,どちらを信じればいいのか判らなくなって狂う。
そんなとき,ヤマダを見ていたんだっけ。
ヤマダを手本に生きてきた。
ただ,外側の自分がいつも首を横に振るものだから,彼のように笑うことは出来なかったんだ。
今を壊すことに怯えて笑えない俺と俺は,今でも分離したまま。
悩んでいる自分を許す俺と,悩みを打ち消したい俺と,離れたまま。
なあヤマダ,俺は今,どうすればいいんだ。
おまえなら,どうするんだ。
教えてくれよ。
掌の冷たさに我に返った俺は,いつの間にかドアノブを握っている自分に気がつく。鍵が開いて居ないから,入れるはずがないのに。
相当,気分が参っているらしい。早くベットに横になろう。そのまま,出来れば二度と目覚めたくない。
鍵を取り出して穴に差し込む。回しながらノブを捻る。
ガチ。
ドアが開く。
よろめきながら部屋の廊下を進むと,そこにあった寝台にそのまま転がった。
目を閉じる。
瞼の裏に,炎の揺らめきを見た。そこにいるのは,父でもない,母でもない,俺を抑えているヤマダだ。温かい腕をした,ヤマダだ。
歯を食いしばる。
涙が流れる。
それでも,炎は燃え続ける。
赤い暖炉の炎が,俺を包む。
俺を置き去りに,去っていった二人が炎の向こうで叫んでいる。
お母さん,お父さん,俺,また独りになるらしいよ。
笑えるよな。
俺は微かに口元を緩ませて自嘲する。そして,死んだように,眠りに落ちた。