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私の夏
【青春 恋愛小説】

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船でよく有る事-2

 一時間後。

 胸が苦しい〜〜〜  頭も痛くなってきた〜〜〜

 実は船が出港するまでの間に既に兆候はあった。船内まで入ってきたディーゼルエンジンの排気臭があたしの肺の中を刺激し、出港と共に一気に船酔いの症状が出てしまったのだ。

「う〜う〜、ミ、ミヤちん、タオル濡らしてきて…」

 船酔いがこんなに苦しいとは思ってもみなかった。トイレに走ること数回、もう何も出ないのになんでこんなに苦しいの?

「う〜う〜、ミヤちん、居ないの〜」

 ミヤちんは何処へ行ったんだろ。トモちゃんとユーコも横でウンウンうめいてるし、船酔いが無くて船内をくまなく散策するミヤちんが羨ましい。いや、あいつの鈍感さが恨めしい〜。

 もう、我慢できないよ〜。バカップルの女の人かヤンキー娘でもいいからお願いしようと思い、痛い頭を巡らせたんだけど… 

 う〜、なんで女の子たちも居ないのよ〜 もう、誰でもいいや…

 さらに痛い頭を巡らすと1人の男があたしの虚ろな目に映った。そいつは4人の内の1人で、何故か1人で部屋に残り、入口横の壁にもたれて優雅に本を読んでいた。

 あたしらがこんなに苦しい思いをしてるのに、なんでこいつは船酔いもせず平気で本が読めるんだ?ミヤちんと同じで鈍感なんだろうな。

「う〜、タオル濡らしてきて〜」

「へっ?オレ?」

 男は素っ頓狂な声を上げ、読んでいた本から目を離してこっちを見た。

 こいつ、なんで室内なのにサングラス掛けて本を読んでるんだ?バカか?でもこの際、バカでもいい。

「早く〜」

 私は手で握り締めていたタオルを男に差し出した。

「は、はい?これを濡らしてきたらエエの?」

「う〜、早く行って来て」

 手渡してるんだから、これしかないだろ!イライラするヤツだ!

「わかった、直ぐ行くから待っといてな」

 男はそう言ってタオルを受け取った。しかしその拍子に読んでいた本をあたしの頭の横にドンと落としてしまった。

「痛い!」

 頭がキーンとなって思わず叫んだが、男はそれに気付くことなく慌てた様子で部屋から出て行った。最悪〜。ダメだ、一つのことしか頭に入らないヤツだ。

 う〜、頭がガンガンする〜、この本のせいだ。

 ん?なんだあ?『星の王子さま』?????

 なんで、ガラの悪いサングラス男がこんな本を読んでるんだ???

 イタタタ、う〜、そんなのどうでもいい、頭が痛い〜。『タオルよ、早く戻ってこい』と念じた途端、 サングラス男が戻ってきた。意外と早かった。

「大丈夫か?」

 サングラス男は心配気に聞き、濡れたタオルをあたしの頭にそっと置いてくれた。

「う〜、あ、ありがと…」
 
 う〜ん、ひんやりいい感じ。

「他に何かして欲しいこと有るか?」

 うっ!声がデカイ!

「う〜、静かにしてそっとしといて」

「了解!何か有ったら言うてや、そこに居るから」

 ぐっ!だから声がデカイって!

 男は落ちていた本を手に取り元の場所に戻ったが、いつ私が頼み事をするのかが気になる様子で本に集中出来なかったみたいだ。その事は能天気に戻ってきたミヤちんが教えてくれた。

「あれえ、まだ船酔い治らへんの?海から見る夜景がメッチャ綺麗やのに、見んと勿体ないで」

「う〜、黙れ、夜景なんてイラン!光りが脳に響く」

 すると、あたし達の会話を聞いたサングラス男は、開いた本をバタンと閉じた。

「えっ?夜景?そら見に行かな勿体ないわ。それであいつら帰ってけえへんねんな」

 サングラス男は叫びながら、慌てて部屋を飛び出した。

 ぐがっ!声がデカイちゅーんじゃ!

「何、あの人?突然独り言言うてバカみたいやん。カッコいいと思てたのになあ。ナッちゃん気ぃつけや、あの人あんたのことじぃっと見てたで。あたしが帰ってこんかったら襲われてたかもしれんな」

「う〜、違う違う、あたしを心配してたんや」

「なんであの人があんたを心配するん?」

「う〜、ミヤちんが居らんからやんか」

「なんであたしが悪いんな?」

「う〜、もういい、静かにしといて」

 タオルを濡らしてきて貰ったのに悪者にしたら可哀想だ。それに『星の王子様』が男の第一印象の悪さを少しだけ和らげたのかな。

 しかし、そんなこんなもこの苦しさの前ではどうでもいいことだった。

「なあ、晩御飯どうすんの?」

「う〜、黙れ鈍感人!」

 記念すべき旅行の初日は、解放感に浮かれ過ぎた罰が当ったのか、苦しさの中で過ぎて行った。



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