第7話 陰と陽一-4
ドレスの女は、同じようにスリットたくし上げて、脚を組みながら黒い誘惑を見せつけた。
また、若い男も、繰り返す様に顔を真っ赤にさせて、慌てて俯いた。
「やだ〜・・・・陽一さんたら、また俯いちゃって・・・私の冗談よ・・・冗談・・・本当に冗談なんだからから信じないでよ。何だろう・・・これって私の癖かしら?・・・そう・・・きっと癖なんだわ」
「えっ?・・・癖って・・・ママはいつも誘ってるの?・・・誘うのがママの癖なの?」
若い男は、顔を真っ赤にしながらも、驚きの表情でドレスの女に視線を送った。
「えっ!?・・・ち・・・違うの!。癖って言うか・・・ちょ・・・ちょっと待って・・・私何だか変な事言っちゃった〜!」
「あっ・・・ママ・・・ほっぺに何か付いてる。ゴミみたいな・・・糸クズかな?」
「やだ・・・さっき川端さんと言い争った時かしら?。ちょっとやだ・・・どこかしら〜・・・・・」
ドレスの女は、自分の頬を手で何度も探っていた。
「ちょっと、動かないで下さいね。僕が取ってあげますから・・・・・・」
若い男は、ドレスの女の頬に、そっと手を近づけた。
やがて、その手の感触は・・・・・・
・・・・・・・思い出に逃げた、玲子の頬に伝わった・・・・・・・
目を開ければ目の前には、玲子の頬に手を寄せて、口づけを交わそうとする陽一が迫っていた。
その陽一の姿は、出会った頃の仕事に情熱を掛ける面影も無く、ただ性欲に身を任せた獣だった。
玲子は、その獣に操を許そうとする自分に、恥じらいが芽生えていた。
それでも、目の前の陽一は、すでに目を閉じていた。
玲子の思いは届かず、すでに手遅れだった。
玲子は、陽一とのわずかな距離の間にも、時間が止まるようにと祈る思いで目を強く瞑った。
その思いが届いたのか、玲子は時に逆らうように、また思い出に帰った。
・・・・・・あっ、やっぱり糸クズですね。赤いですから、このソファーのじゃないですか?・・・・・・
「陽一さんありがとう・・・やっぱりさっきの時ね。本当、川端さんたら強引なんだから・・・・・」
「あっ・・・部長忘れてましたね。何だか心配なんで、僕、様子見てきます」
「ちょっと待って・・・陽一さん」
ドレスの女は、立ち上がろうとする若い男の手を掴んだ。
「さっき言ってた事、約束して下さいな」
「え?・・・何ですか?」
「やだ・・・ご出世されたら、私のお店に部下を連れてくるとか、言ってたじゃないの〜・・・・・・」
「あっ・・・そうでしたね・・・忘れてました」
「ちょっと・・・本当に大丈夫なの?。さっき言ったばかりじゃないの・・・・・・」
「大丈夫です・・・必ず成し遂げます!。その時は、ママに・・・一番に報告しますから。」
「それじゃあ、約束して下さいな。はい・・・ゲンマンよ・・・・・・」
ドレスの女が、小指を差しだすと、若い男は小指を絡めた。
「は〜い・・・指切った。それじゃあ、必ず約束よ?。それと・・・私の賞味期限はもうすぐだから、早く出世して下さいね・・・・・・」
「えっ!?・・・・・・」
バタンッ!・・・・・・
「おい!・・・陽一!・・・早くしろ!。早く帰んないとまずい事になった!。もう終電は間に合わないから、タクシーで帰るぞ!・・・おい!・・・早く!・・・急げよ!・・・・・・」
小太りの男は、慌てながら携帯を手に持って、トイレから出てきた。
ドレスの女と若い男は、それが滑稽に映り可笑しく見えて、二人で顔を見合わせて笑っていた。
玲子が、陽一と初めて出会った、良かった頃の思い出だった。
玲子は、その思い出から覚めたかのように、突然目を見開いた。
陽一の唇は触れようと、後わずかだった。
陽一が、一気に決めようとした、その瞬間だった。
陽一の唇に、温もりが走った。
ただ、その感触は潤っては無かった。
「これ以上は駄目・・・もう終わりにしましょう」