第32話 母親としての想い-1
窓の外を見れば日は沈み掛り、荒れた吹雪も一段と増していた。
先ほどの二羽のカモメも、休まる場所を求めて、必死に岩場に近づこうとしてるが、風邪に遮られ、行く手を失っていた。
まるで、永遠に辿り着く事の出来ない愛を求めようとする、窓越しの男女のように・・・・・・。
ベッドの上では、生まれたままの姿の二人が、仰向けになっていた。
慶が睦美を腕に抱いて、右手でゆっくりと、睦美の身体全体を確かめていたのだ。
その慶の表情は、想いに深けており、これから迎える最後の至福を、別れを惜しむ複雑な思いで感じでいた。
その慶の腕に抱かれる睦美の体は、汗の光沢に包まれて、今まで以上に美しさを増していた。
慶は、汗と共に擦る睦美のヌルめく身体に、複雑な思いの中でもみなぎりだしていた。
それは、睦美も同じように感じていた。
慶に誘われるかのように、睦美も慶の身体を触り、汗の光沢とヌルめきに溢れ出る物があった。
それはお互いの想いが走り、汗と言う名の結晶に変わり、その美しさを醸し出していたのだ。
二人はしばらく、最後の想いに深けながら、静かに戯れていた。
その中で睦美は、慶の身体を確かめながらも、あの列車で思い描いた情景が、頭を過っていた。
『色白の肌を交わして・・・・・細い体に包まれ・・・・・指先で導かれながら・・・・・そして・・・・・汚れの知らない若い身体を染めていく・・・・・』
『・・・・・その身体に包まれて至福の時を向かえる・・・・・。』
その情景を思い出しながら、慶の身体一つ一つを丁寧に確かめていた。
もう肌の触れ合う事の無い、若い身体を名残惜しそうに・・・・・。
その手つきが、みなぎりに添えられた時、睦美は求めた。
「お願い・・・抱いて・・・・・。」
睦美の言葉に、慶も手つきを止めて、腕に抱いた睦美を見つめた。
その表情は険しくなり、何かを打ち明けようとしていた。
「睦美さん・・・僕はもう・・・僕はもう睦美さんは抱けません・・・・・。」
睦美は、慶から思いも掛けない言葉を聞かされ、目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
しかし、それは次の言葉で意味の分かる事だった。
「もう・・・睦美さんとして抱く事が出来ないんです!・・・・・。睦美さんは、僕にとって母さん何です!・・・母さんでしかないんです!・・・・・・。」
「もう戻れない・・・もう・・・・・。」
慶は、訴え掛けるように話すと、睦美から視線をはずして、やるせない表情を浮かべた。
それを見た睦美は、想いを察したように、優しい笑みを浮かべて言葉を掛けた。
「ええ・・・分かっていたわ・・・・・。あなたにとって、私は母親でしかあり得なかった事・・・今さらだけどね・・・・・。」
「お互い無理をしてたのよ・・・この現実から逃れようと・・・・・。でも・・・それは無理だった・・・・・。結局あなたは、母親である私に嫉妬してたのよ・・・・・。恋人のように変える事の出来ない、永遠に一人だけの存在・・・・・。その存在が、『他の誰かに・・・』と考えれば無理も無いわ・・・・・。」
睦美は、何かを悟ったかの様に語りだした。
それを慶は、呆然とした表情で見ていた。
睦美は、そのまま続けた。
「でも・・・私も悪かったの・・・・・。少しあなたに、尽くし過ぎたからね・・・まるで母親のように・・・・・。あなたが、他の若い子に取られないように必死だった・・・・・。私のようなおばさんが、いつ捨てれるかってね・・・・。でも・・・それは全て間違いだったわ・・・・・。結局・・・恋人として接してくれたあなたに、母親を思い出させたのは私だって気付いたのよ・・・・・・。本当・・・馬鹿だったわ・・・・・。それでも・・・それでも私は後悔なんかしてない・・・・・。だって私はあなたにとって母親のような存在・・・永遠に一人だけの存在になれたもの!・・・・・。」
「お願い・・・お願い慶!・・・・・。私を愛して!・・・あなたにとっての母さんで良いから、私を愛して!・・・・・。」