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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-17

「──班長」

 佐野が訊ねた。

「この殺害及び、死体損壊現場の特定ですが、聞き込む範囲を運輸に関連した業種も加えせてはどうでしょう?」

 先のプレス機が損壊方法だと結論付ければ、その現場は工場と断定され、場所も限定されてくる。
 唯、場所の大部分は居住区から離れていて、夜間の人通りも極端に少なくなると思われ、目撃者探しは困難が予想される。
 そこで、何時、如何なる場にも居る可能性の高い、輸送関連に着目したという訳だ。

「そちらの手配は?任せていいのかな」

 島崎は内心、佐野の柔軟な発想に舌を巻いた。明らかに自分達とは一線を画している。

「明日、ご一緒頂けますか?」
「分かった。同行しよう」

 ──何かある。と思ったが、敢えて口にしなかった。

「他に何もなければ……」
「ああ。ご苦労さん」

 島崎だけが残り、部下達は帰宅の途に就いた。
 誰も居なくなった部屋で、傍の電話に手を伸ばすと受話器を取り、内線ボタンを押した。
 短い呼び出し音が数回繰り返された後、相手の声が耳許で鳴った。

「組織犯罪、戸田だが」

 島崎は思わずにやけた。

「強行犯の島崎ですが」
「どうした?こんな時刻に」
「戸田さんに、お礼を言いたくて」
「お礼だと?」
「てっきり、田中重人の班を応援に寄越してくれると思ってましたから」

 受話器の向こうで、鼻で笑う戸田の声がした。

「なんだ?恨み言か」
「違いますよ。どうやら、最高の班を寄越してくれたみたいですね」
「さあな。忙しいから切るぞ」
「とにかく、ありがとうございました」

 意図を汲んだ島崎の声に、つい、戸田の口調も柔らかくなる。

「礼を言うくらいなら、結果で示せよ」
「分かってます」

 電話は切れた。
 今更ながら、自分達は支えられていると言う事実に、島崎の心は打ち震えた。


「──以上の点から、プレス機械を持ち、尚且つ、小規模の工場を重点的に調査する予定です」

 朝の定例報告会。
 島崎は上司逹に対して、発表し得る捜査の進捗具合と資料内容を報告していた。

「──ひとつ質問だが」

 事件発生から十一日目。
 それまで連日、質疑応答もなく閉じられていた報告会に、初めて声が挙がった。

「この、科捜研の報告だが、微量の酸化鉄とは何を意味するんだね?」

 加藤清治だった。
 不首尾な報告には一切口を挟まなかったが、ようやくの成果を自らの質問によって、部下達の苦労を労う。
 県警本部で叩き上げてきた者らしい、現場主義的な言動は、刑事課全員が何時も感銘を受けていた。

「その件につきましては、まだ調査中であります」
「科捜研では、何も言ってないのかね?」
「ええ。彼処では結果のみでして、それ以降は私達の仕事となりますので」
「分かった。ご苦労だった」

 報告会も終わり、本部を去り掛けた加藤が、島崎の前で立ち止まった。

「ようやく、動き出したみたいだな。皆の顔付きが違う」

 労いの言葉を掛けてきた。

「ありがとうございます。必ず、全容を解明して見せます」
「当たり前だ。私を出汁にしたんだからな」

 加藤は、ひとつ皮肉を言うと、上機嫌で本部を後にした。






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