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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-18

 島崎の居る県警から二つ県を跨いだ某所に、松嶋恭一のオフィスはあった。
 雑居ビルの一室。寝泊まり不可にも関わらず、今日もソファーで眠っている。

「また、こっちで寝てる……」

 入口のドアが開き、軽装の女性が現れた。奥へと歩みを進め、松嶋を見つけるなり眉をひそめたのは梶谷美奈だ。
 美奈は元々、此処で助手として働いていたのだが、松嶋が手掛けた“さる事件”を機に、清掃会社へと転職し、今では本社勤務の地域マネージャーとして活躍していた。

「相変わらず散らかして……こんなんじゃ、お客さんが来ないじゃない」

 美奈は諦めとも採れるため息を吐くと、腕捲りをして、部屋の掃除に取り掛かった。
 あちこちに散らばる雑誌は一ヶ所にまとめ、出されたままのファイルをキャビネットに仕舞い込む。
 側から見れば、甲斐々しく働く押し掛け女房の様だが、その胸中は寧ろ、出来の悪い子供に対して母親が見せる愛情の様な物だった。

「うるせえな……」

 片付ける騒がしさが耳に付く。
 半ば強引に目覚めさせられた松嶋は、眩しげな表情を美奈に向けると、おもむろにソファーから身を起こした。
 その様子を美奈が見逃すはずもなく、すかさず毒吐いた。

「いい加減、ちゃんとして下さいよ!お客さんが嫌がりますよッ」
「朝からデカい声を出すな……頭痛が酷くなる」

 ソファーで腰掛け、項垂れる松嶋を見て、美奈は複雑な気持ちになった。

「昨日も……飲んだんですか?」
「ああ。明け方までな」
「も〜う、何やってんですか。もっと仕事して下さいよォ」
「最近は不景気でな。暇なんだよ」

 四年前を境に、松嶋は“裏の仕事”から手を引いた。
 以来、探偵業だけで生きてきたが、折しもの不景気が客足に影響し、家賃さえも滞り勝ちになるという生活を強いられていた。

「私が居た頃よか酷いじゃないですかァ」
「それより、何しに来たんだ?」
「休みだからせっかく来てやったのに、随分な言い方ですね」
「エリアマネージャーにもなって、こんなところに来るんじゃねえよ」
「こんなところって……」

 美奈はある意味、松嶋に感謝していた。
 粗野で世間知らずだった自分が、曲がり形にも社会人として生きていけるのは、松嶋のおかげだと思っている。
 その意味から親しみを込めて接しているのに、最近の粗雑な扱われ方が悲しくて堪らない。
 だから、余計にキツく当たってしまう。

「私だって、何も好きで……!」

 美奈が、収まらない気持ちをぶつけようとした時、松嶋の携帯が鳴った。

「お前の話は後だ」

 松嶋は、携帯を持って奥へと消えた。

「何よ、いつも自分勝手なんだから」

 恨み言を吐きながら、美奈の目は何故か微笑んでいる。去り際に見せた松嶋が、“あの頃”を彷彿とさせる眼をしていたのだ。


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