第12話 ブラック・ダイヤモンド-2
それは、求める母性なのか、恋焦がれるものなのか、もしくは、ただの男の性なのか・・・・・。
そう・・・二人の想いが、結ばれた先にあると一致した瞬間だった。
慶はまた、さりげなく睦美の方に、何度も確認するかのように視線を向けた。
今度は、顔から足の先まで全体にだった。
これから、肌を交わそうと思う睦美の身体を、改めて見定めていたのだ。
それは、親と変わらぬ年齢の睦美に対して求めようとする、自分の欲求の真意を知りたかったからだ。
その答えは、慶のみなぎるものにあった。
睦美の身体は、息子と変わらぬ若者でさえも夢中にするほど、魅惑に溢れていた。
異様な空間とシチュエーションに、慶の理性は抑えきれなくなっていた。
それを、今にも向けたい衝動を抑えながらも、睦美のリアクションを待つべく運転に集中した。
やがて、もうすぐ温泉街から外れようとした時だった。
「あっ慶君・・・あそこに郵便局がみえるでしょ?・・・そこを左に入ってもらえる?・・・もうすぐだから・・・・・。」
慶はその言葉を聞いて、待ち構えていた答えがもうすぐかと思い、気持ちを身構えた。
そして、車が郵便局を過ぎると、気を焦る思いを抑えながらも、ハンドルを切った。
そのまま、急な坂道を少し登ると答えは出た。
ただそれは、慶の思い描いてた物とは、少し違っていた。
「ここ何だけど、凄く見晴らしが良いんだ・・・・・。この前ネットで見付けたんだけど・・・凄く気に入って、すぐに予約しちゃったんだ・・・・・。」
そう、ここは以前に、睦美がネットで検索してたビジネスホテルだった。
温泉街の外れにあり、海も全貌出来る高台に位置して、温泉施設やレストランなども完備してある観光向けのビジネスホテルでもあった。
これを目の当たりした慶は、少し気持ち浮かぬところがあった。
先ほどから、思わせぶりな態度の睦美を考えると、モーテルのようなファッションホテルかと思っていたからだ。
それでも、これからお互いが一緒に過ごす密室には変わりは無かった。
ただ、役割意識が違う為、睦美の真意が慶の思ってる事と、確実とは言いきれなくなっていた。
とりあえずは、睦美の様子を慎重に伺うしかなかった。
二人は車から降りると、改めて建物の前に立ち尽くして見渡した。
「本当に良いところね〜・・・ここなら慶君も、落ち着いて描けるんじゃない?・・・・・。」
「あっ・・・は・・・はい・・・そうですね・・・・・。」
「どうしたの?・・・何か着いたとんに浮かない顔しちゃって・・・・・。やっぱ気に入らなかった?・・・・・。」
「い・・・いやっ・・・そんなつもりじゃないんです・・・・・。本当に良いところだと思います・・・・・。」
「本当なの?・・・何か怪しいな〜・・・・・。あっ!・・・さては分かったぞ・・・本当は怖いんでしょう?・・・私と入るのが?・・・・・。」
「いやっ!・・・ほ・・・本当にそんな・・・・・。」
「大丈夫よ〜・・・いくら私だって、慶君みたいな若い子襲うわけ無いでしょう・・・・・。」
「ほらっ!・・・そんなところに突っ立てないで行こっ!・・・・・・。」
睦美が慶の背中を叩くと、二人はホテルへと向かった。
慶は、先ほどから思わせぶりな態度を見せていた睦美が、急に一変して、元の元気な姿を見せた事に困惑していた。
しかも、慶が思い描いてた事に対しての否定的な言葉もあり、睦美との真意のズレも感じ始めた。
そう思うと、モーテル通りから感じた思惑が、全てが誤解だったと思わざる得なかった。
その瞬間、慶に訪れたのは、睦美が自分に対しての想いが、独りよがりだった事への羞恥心だった。
さらに、出会った頃から全てが、ただの趣味仲間でしかありえなかった事を、改めて実感した。
今の慶には、力の抜けて行くような脱帽感しかなかった。
そして、しょせんは『親子ほど離れた歳』・・・その壁が一気に去来したのだ。
それでも慶は、睦美とのデッサンの約束は果たさなければならなかった。
その中で、一つの光明を得た。
『もう描く事で、自分の想いを伝えるしかない・・・・・』
そう思うと、慶の胸の内には、開き直りにも似たプライドが芽生えてきた。
このまま真意を伝えぬまま終わるくらいなら、全てをこのデッサンに掛けようと決意したのだ。
しかし、この慶の燃えゆる気持ちとは裏腹に、睦美の真意は始めから決まっていた。
そう、慶が何度も揺らいだ気持ちは、睦美の描いた、一本の偽りの線に惑わされただけだった・・・・・。