第10話 再会-1
そして向かえた運命の三日後・・・・・。
あの日と同じ時間・・・同じ駅・・・そして・・・ベンチにたたずむ睦美・・・・・。
すべてが、あの日と同じように見えた。
ただ違ってたのは、街路樹に生える木の葉の数に、睦美の装いだった。
上は、黒いウールボアショートコートで、インナーには白いサテンフリルブラウスで決め、下は黒いレースのフリルが入ったミニスカートで、足元には同じく黒い、膝丈まである高いヒールの本革レザーニーハイブーツを履いていた。
さらに、脚の組んだ太腿から悩ましく覗くのは、慶を魅惑する為に履いてきた、黒いダイヤ柄のパンティーストッキングだった。
睦美の年齢では派手な服装ながらも、全体的にほぼ黒で統一されてる為、シックにエレガントで違和感は無かった。
またさらに、頭には黒い網柄の深めなニットキャスケットを被り、目元には色が薄めの黒いサングラスを掛けている為、道行く者には若い女性にしか見えなかった。
実際に年齢を問わず、目の前を通り過ぎるほとんどの男が、さりげなく淫らな視線を送っていた。
中には、田舎の風景には似つかぬような派手な服装の睦美に、冷やかな視線を送る年配の女性なども居た。
どうせ知る者の居ない土地・・・・・慶が来るまでの時間を、自分に向けられた視線を楽しみながら待っていた。
それでも、胸の内に秘める思いは、あの日の事だった・・・・・。
今振り返れば、睦美は同じ駅で、見ず知らない52歳の男を期待と不安を胸に抱いて待っていた。
しかし、それが慶であり、失望の内に後にした駅だった。
こうして今、その慶を恋焦がれる気持ちで待つ自分に、不思議な違和感を抱いていた。
それは真意なのか、もしくは、ただ若い温もりを求める私欲からなのか・・・・・。
その答えは、慶と肌を交わした先にあると思い睦美は決心した。
そして、いくつもの偽りの線を描いては消して、一つの真実の線に仕上げるべく、この日を向かえたのだった。
『ティロロ〜ン・・・・・ティロロ〜ン・・・・・』
不意に、携帯のメール着信音が鳴った・・・・・。
待ち合わせ時間よりも少し早いが、時間帯を考えれば慶なのは間違いなかった。
横に置いてある、服装と合わせた黒のブランド物のショルダーバッグから携帯を取り出すと、やはりサブ画面は『慶』と表示されていた。
ちなみに、会う事が決まりだした頃から、携帯の登録をハンドルネームの『ムーン』から変えてあったのだ。
ただ、お互いの身元は、まだ下の名前と携帯のアドレス以外は知らなかった。
それ以上を知るには、自分の身元も明かす必要があり、家庭のある睦美としては抵抗があった。
ただ、今のところは、母親を亡くして母性を求める青年と、それに惑わされる家庭ある主婦としか、お互いを知りえなかった。
睦美は、携帯を開いて到着した事を確認すると、ショルダーバッグに仕舞い、意を決したように立ち上がった。
今は、あの日に抱いた不安感は無かった。
愛しい者に向かう足取りは、どこか軽快で自信に満ち溢れていた。
そして駐車場に差し掛かると、この日も平日の為、車が疎らなのが確認できた。
睦美は会うのに、また平日を指定してきたが、政俊に警戒してるわけでは無かった。
元々政俊は百貨店勤務の為、土日祝日も仕事で家を開けるのがほとんどだった。
だからと言って、人混みの多い休日に情事の為に出掛けるのは、どこか後ろめたさがあったからだ。
この日も、黒のミニバンは同じ場所に止められてあった。
そこには、見ず知らずの52歳の男では無く、愛しく思う慶が居る・・・・・それを胸に抱きながら向かう喜びを、改めて噛みしめながら、徐々に近づいて行った。
慶の顔を確認出来る距離に近づくと、その表情は、明らかに目を大きく見開いて驚きに満ち溢れていた。
睦美の装いの変化で、まったくの別人にしか見えなかったからだ。
「お待たせ〜・・・・・。」
睦美は、車のドアを開けると、簡単に挨拶して乗り込んだ。
その瞬間、車内は魅惑的な甘い香りで包まれた。
その香水の匂いは、少しキツメなのだが、どこか心地良く、女性を感じる空間を演出していた。
慶は、改めて睦美の声を聞いて、何となく本人である事を思いだした。
そんな睦美も、実は慶の顔はうる覚えで、目の前にして思い出したのだった。
お互いに、過ごした時間は短く、それよりも待ち焦がれた時間が長かった為に、作り上げたイメージが困惑させていたのだ。