第9話 装いの変化-2
確かに加奈子には、電話などで夫婦生活の不満などをこぼしていたが、それを自分の装いの変化と結びつけられた事に、睦美は腹立だしくなっていた。
しかし、これに関してもあながち当たっている事なので、その後ろめたさから心底怒れないでいた。
「だからね・・・私も今年で50の大台に乗った事だし・・・気持ち的に憂鬱なのよね・・・・・。せめて見た目から入れば、気持ち的にも楽になれるかなって・・・・・。」
「まさか、若い子目当てだなんて、そんな分け・・・(ここは小声になるのだが・・・・・・)」
「お待たせいたしました!・・・・・。ブルーマウンテンをお持ちしました!・・・・・。」
睦美は、耳打ち話に突然店員が割り込んできたので、驚きの表情で会話を打ち切り、黙ってやり過ごした。
ただ、ここで話題を変える切っ掛けが出来ると思い、少し胸を撫で下ろすところもあった。
「それでは、ごゆっくっりどうぞ・・・・・・。」
店員は、睦美の前にコーヒーを置くと、すぐさま立ち去った。
すると、睦美に話題を振る隙も与えず、加奈子は話し出した。
「睦美さん、本当に似合ってるわよ・・・・・。まだまだ若い子も行けるわよ・・・・・。私なんて、もう無理だわ・・・こんなにお肉もたるんじゃって・・・・・。とてもだけど、向かう勇気なんて無いわ・・・・・・。」
加奈子は、自分の腹をつまみながら愚痴をこぼした。
実際に、背は高いので太ってるようには見えないのだが、年齢からくる脂肪のたるみが所々に表れていた。
それは、裸になると一目瞭然で、自信の無さから伺われた。
さきほどから、若い男を意識したような発言が多いが、加奈子は40を過ぎた頃に、20代の男と遊んだ事があった。
もちろん、その頃から夫も居て不倫関係だった。
夫は、役場の公務員で収入的にも安定しており、加奈子も睦美と同じく専業主婦でいられた。
ただ、子宝には恵まれず、現在に至るまで授かる事は無かった。
その不倫してた当時は、子供も居ない為か、暇を持て余し近所のホームセンターにレジのパートに出ていた。
経済的に問題は無いのだが、一人で家に居る寂しから気を紛らわす為だった。
その心の隙を埋めるかのように、パート先のホームセンターに20代の男がバイトで入ってきた。
その男は大学生で、女関係もだらしない遊び人風だった。
加奈子は、その大学生の方からたぶらかされ関係を持った。
雰囲気からも遊びなのは分かっていたが、寂しさからつい気持ちを許してしまったのだ。
身体だけの関係なのだが一年ほど続き、大学生が就職の為地元に帰ると終わった。
お互い身体を求める以外、情は湧かなかったので、別れ際も呆気なかった。
その時は加奈子も、今の睦美のように若々しい装いに気を使っていた。
今でも面影はあるのだが、その当時はもう少し痩せていて、若い男をも魅了していた。
その名残から、今の睦美を見ると思いだして、つい若い男を意識するような事を言ってしまうのだった。
「そんな事ないわよ・・・加奈子さんだって顔も綺麗だし・・・それに・・・モデルみたいに背も高いから、まだ若い子にモテるわよ・・・・・。」
「何なら・・・もう一度チャレンジしてみたら?・・・・・。」
以前に、電話で加奈子から不倫の話しを聞かされていたので、この事は覚えていた。
睦美は先ほどから責め立てられてるような感じになっていたので、お灸をすえるつもりで、あえて触れてみたのだ。
「いやっ・・・そんな・・・睦美さんたらもう!・・・それは・・・・・・。」
『ティロロ〜ン・・・・・ティロロ〜ン・・・・・』
案の定、加奈子は動揺したが、タイミング良く睦美のショルダーバックから、携帯のメール着信音が鳴った。
「加奈子さん・・・ちょっとごめんね・・・・・。」
睦美は、申し訳なそうに会話を止めると、ショルダーバックから携帯を取り出し、テーブルの下に隠すように開いた。
サブ画面を見なくとも、慶からのメールなのは時間帯から分かった。
前日のメールに、仕事の関係から昼の休憩時間が遅くなるような事が書いてあったからだ。
内容の方はよもやま話で、あれからメールで頻繁に交わしていた。
睦美は、会うまでに気持ちの繋がりを感じていたいので、自分から送るような感じだった。
もちろん、恋愛感情は表には出さず、あくまでも趣味仲間としてだった。
すでに、会う日取りと待ち合わせ場所だけは決めてあった。
それは三日後に迫り、後は時の流れに身を委ねるだけだった。
会う日が近づくにつれ、睦美は胸の高鳴りと不安で緊張が高まっていた。
それは身の回りの事さえ、どうでも良く感じられてくるのだった。
こうして加奈子と過ごしてる時間さえも・・・・・。
「ちょっと睦美さん、どうしたの?・・・さっきから携帯ばっか見て・・・・・。あ〜!・・・さてはやっぱり!?・・・・・・。」
「もう〜!・・・本当にしつこいんだから!・・・・・・。ほら、もうこんな時間よ・・・行きましょう・・・・・。」
睦美が、携帯を慌てながらショルダーバックに仕舞うと、店内の時計を見た二人は急いで店を後にした。
普段と変わらぬ加奈子との慣れ合いの中で、睦美の思いは、三日後に迫る慶の事でいっぱいだった・・・・・。
・・・・・若い男の泉に溺れるように・・・・・・。