第4話 汚れのない誘惑-2
「僕にですか?・・・・・。う〜ん・・・今はいません・・・と言うよりも、今まで女の人と付き合った事が無いんです・・・・・。やっぱり、こんな歳でヒキますよね?・・・・・」
青年も、返答に困りながらも、どこか恥じらいながら答えた。
これに対して、睦美の頭にすぐに浮かんだのは、『もしや青年は女を知らない?・・・・・』と言う思い込みだった。
確かに、きちんとした交際をしなくとも、それだけの関係や、お金で買える事も出来るのだが、どこか生真面目な青年のようなタイプでは、ありえないと思っていた。
「そんな事ないわよ・・・・・。ほら・・・慶君は、やっぱ奥手なんじゃない?・・・・。さっきから、モジモジしてる感じがするし・・・もう少し積極的になれたら簡単に彼女なんて出来るわよ・・・・・。まだ若いんだから大丈夫よ・・・・・。ほら!・・・元気出して!・・・・・。」
「だと良いんですけどね・・・・・。でも、睦美さんに励まされて、少し自信が持てました・・・・・。本当・・・睦美さんのような人が彼女だったら良いんですけどね・・・いっぱい元気が貰えそうな感じで・・・・・。」
「こらっ・・・真面目な顔して、あまりおばさんをからかわないで・・・・・。冗談ばかり言ってると本気にしちゃうぞ・・・・・・。」
「別に・・・僕は冗談を言ったつもりはありませんよ・・・・・。」
「も・・もう・・・・・・。」
睦美は、気まずい流れを軽く流そうと思ったのだが、青年の意外な答えに思わず言葉が詰まっていた。
この場は、波を立てない方が賢明かと思い、静かに窓の風景に目をやった。
見た目は冷静を保とうとしてるが、内心は動揺していた。
青年も、気まずい空気を察して、車の運転に集中してるかのように見せ掛け沈黙した。
窓の風景からは、どこか物悲しい秋の海岸線が流れていった。
それから、特に言葉を交わす事なく数十分ほど走らせると、元の駅に着いた。
昼あがりの学生などが居る為か、さきほどより人波が多かった。
青年が、駅前のロータリーに車を止めると、睦美は、後部座先に置いたショルダーバックを取り、車を降りる準備をした。
そのショルダーバッグには、睦美が絵画教室などでデッサンしたスケッチブックが入っていた。
もちろん、52歳の男に見てもらう為で、あくまでも趣味の絵画での交流が前提だった。
その後は、どう転ぶかは相手次第だったが、まさか若い青年とは思いもよらず、拍子抜けした気持ちが、睦美の心を漂わせていた。
さらに、その後部座席を良く見渡すと、青年の物らしきスケッチブックも置いてあった。
もちろん青年も、睦美に見てもらう為だったのだろう。
ただ、青年の抽象画に対して睦美は、理解できるほど知識は無かった。
今の状況では、興味を示すほど気持ちが高ぶっては無いので、気づかない振りをした。
「慶君・・・本当に今日はありがとうね・・・・・。それじゃ、気を付けてね・・・・・。」
睦美は、これ以上は青年の気を惹くのは身の為では無いと思い、簡単な別れの言葉を告げ、車を降りようとドアを開けた。
「睦美さん・・・こちらこそありがとうございました・・・・・。本当に楽しかったです・・・・・。あの・・・また機会がありましたら、お願いします・・・・・。今度は、絵の話しでもしましょう・・・・・。」
空かさず青年は、言葉を濁しながらも、次の約束を促すような事を言った。
それに対して睦美は、変に期待をされても困るので、青年と目を合わす事なく、小さく頷いただけで車を降りた。
そして、青年の方を一度も振り返る事なく駅へと消えて行った。
ここで青年の方を振り返って挨拶をすれば、身内以外の関係と思われるのが必然的だった。
平日の昼下がりに男女が車中を共にするのは、疑わしい関係と思われるだろう。
しかも、明らかに親子ほど歳が違うので恥じらいがあった。
それ以外にも、青年の睦美を思う気持ちに対して、踏ん切りを付けさせたかったからだ。
青年は、睦美の消えて行った駅の入り口を、名残惜しそうにいつまでも見ていた。
その中で、睦美に対する気持ちが、淡いものへと変化していくのを、青年は感じていたのだ・・・・・。