第2話 たたずむ女-1
時をさかのぼる事二か月前ほどの、ある平日の午前10時頃。
とある田舎の駅前のベンチに、一人の中年女性がショルダーバッグを膝に抱えてたたずんでいた。
しばらく様子を伺うと、しばし携帯を覗いては落ち着かない様子だった。
名は金本睦美で、今年で50歳代の大台を向かえた家庭ある専業主婦だった。
上は白のブラウスに紺のジャケットスーツを羽織り、下は同じく紺の膝丈までのタイトスカートに足元は同色の少し高めのヒールを履いており、流行にはとらわれない、気品漂う服装で魅力的だった。
さらには、肩まで掛る黒い髪は後ろに回しブローチでまとめ、耳には小さめのイヤリング、首元には落ち着いた柄のスカーフを巻いていた。
容姿に関しては、顔は小ジワやシミが目立つが少し丸みを帯びた小顔で、そこを通る鼻は小さく低いが筋が通り、目は細めだが二重まぶたの流し眼がどこか色っぽく、唇は小さく少し厚めで口元に輝くサーモンピンクのルージュが魅惑的な、年代を問わず好まれる端正な顔付きだった。
身体も、背丈は女性としては平均くらいだが、少し細身で今のタイトな服装が似合っていた。
住まいは、現在地の駅からは、列車で一時間くらいの所に住んでおり、この場所にはまったく土地感は無かった。
なぜ、このような土地に足を運んだかと言うと、一人の男性と会う事になっていたからだ。
その男性とは面識も無く、顔などは一切知らなかった。
ただ、趣味の絵画を通じて趣味クラブのサイトで知り合い、お互いの作品を品評し合いながら親交を深めていった。
メールでのやり取りも頻繁になり気持ちも高鳴ってくると、実際に会う事を約束したのだ。
その男性は、ハンドルネームが『ムーン』で、プロフィールでは年齢が睦美とは二つ年上の52歳だった。
作品の方は、独創的な抽象画を描いており、最近、絵画教室に通い始めた睦美にも理解しがたい部分があった。
しかし、この男性に初めにコンタクトをとったのは、睦美の方からだった。
無論、理由が作品に惹かれたわけでもなく、ただ登録地域が同じで年齢も近かったからだ。
それには、淡い期待があった。
それは、その男性との情事だった。
見ず知らずの男と身体を重ねる事に不安はあったが、それ以上に淡泊な夫との営みに睦美は不満を感じでいた。
それで夫以外の男を考えるようになったが、今の状況では難しい問題だった。
出会い系サイトも考えたが、それだけが目的で会う事にも抵抗があった。
もし好みで無い男性だった場合、拒否する時の面倒なやり取りを考えると気が進まなかった。
睦美は身体が目的でも、そこに惹かれる思いが無ければ、肌は交わしたくは無かった。
容姿に関しては、今はメールで写真送付もできるのだが、見返りに自分の写真も要求される事を考えるとこれにも抵抗があった。
今回の場合は、純粋に趣味仲間としての逃げ道が出来るので、気持ち的に楽な部分もあった。
真面目に、趣味の事で交流を考えていた相手に取っては、気の毒な話だった
ただ、まだ盛りのある熟年の男女が二人きりで会う事に、相手も何かしらの期待を片隅に置いていると睦美は考えていた。