女剣闘士-2
だが、僕はいい加減飽き飽きしていた。この世界での自分の立場を早く終わらせたかった。だがなかなか実力の差がある相手とはぶつからない。しかも運よく勝っていた。リビデニムのような強い剣闘士と戦えばあっさり死ねるだろう。そんな理由で手を上げたと思う。
みんなはアウロムに懸想してラピデスも狂ったかと嘲笑った。だが、僕はそんなことはどうでも良かった。アウロムの命をちょっとだけ延ばしてやって、自分が確実に死ねるというということで、自分の死にもちょっとだけ意味を持たせたかった。その程度にしか考えていなかったのだ。
だが、ラピデスは贔屓の王侯に手を廻して、自分との対戦の前にスペルビアという相手を僕にぶつけて来た。僕が新参者だった為にあまり試合を注意深く見てなかったからだ。そしてスペルビアが勝てばそれで解決するし、僕が勝てば僕の戦い方を見て弱点をみつけることができる。老獪な剣闘士の考えそうなことだ。
僕はアウロムには悪かったが、自分の死神はスペルビアでもよかったのだ。だから戦っている最中何度も、彼の間合いの中に入って行った。だから、随分切られたり刺されたりしたと思う。だが、相手もこういう僕のような戦い方?に慣れていなかったために躊躇いが生まれて腰が引けていたのだ。それで何度目かの捨て身の戦いで相手の剣を持った手首を切り落としてしまった。カウンター気味に出した剣がたまたま当たったということだ。
ぼくはスペルビアにとどめを刺して勝った後、控えに戻った後倒れたのだ。あちこち切られすぎていたから、気を失ったのだ。
アウロムは興行主に許可を貰って一晩中僕の看病をしたという。
僕が目を覚ましたと言うことで、彼女は自分の部屋に戻された。僕らは使い捨ての奴隷剣闘士だから、自由はないのだ。
僕はアウロムに言われた言葉を思い出した。半ば相撃ちになっても構わないような戦い方と言っていた。ということはリビデニムも僕の戦い方をそう捉えているはずだ。いくら老練な剣闘士といえども相撃ちの危険は避けるに違いない。そうならない為には間合いに入って来る僕に楯で防ぎながら、隙を窺って攻撃する方法を取ってくると思う。
贔屓筋の王侯貴族は剣を棒に持ち替えさせてリビデニムに練習相手を与えて訓練するに違いない。僕は楯をあまり使わなかった。楯で体を隠さずに戦った。リビデニムはそこを狙って来るだろう。自分は楯で守り、僕の体の楯で守られていないところを狙ってくるだろう。だがそれはスペルビアのときもそうだった。だから僕が切ったのは、楯に守られない剣を持った手首だったのだ。
僕ははっと我に返った。何故か僕はリビデニムに勝とうと必死に考えている。何故だろう。一晩中僕を看病してくれたアウロムを助けたいと本気で考えているのだろうか? それともアウロムを抱きたいと考えているのだろうか? わからない。だが、何故か勝ちたくなった。というより、簡単に負けたくなくなったのだ。最低相撃ちにしてリビデニムを殺さなければと思うようになっていた。
試合の日は来た。試合というより殺し合いの日がとうとう来た。
対峙してみてわかったことがある。いつも遠目でしか見てなかった相手だが、リビデニムは僕よりも一回り体が大きいのだ。
そして殺し合いが始まった。
僕は相撃ち覚悟でリビデニムの間合いに入り込んだ。そのとき目の前に彼の楯が飛び込んで来た。
彼の楯がぶつかって、僕の体は弾き飛ばされた。
そして仰向けに倒れた。リビデニムは剣を逆手に持ち帰ると、倒れた僕を突き刺そうと突進して来た。
僕は起き上がらなかった。逆に倒れたまま楯を離し体を捻って、体の位置を180度回転させた。
彼は楯で体の前面を守ったまま、僕を突き殺そうとしていた。逆に言えば楯が邪魔になって僕が体を回転させたことに気づくのが一瞬遅れた。体を起こそうとしたなら気づいたのかもしれないが……。
僕は倒れたままで剣を払い、リビデニムの足首を切っていた。そして転倒したリビデニムの首を僕はさらに刺した。観衆は歓声をあげた。名もない剣闘士が連勝のツワモノを斃したからだ。
独房のような僕の部屋にアウロムがやって来た。部屋の入り口の覗き窓に内側から布をかけるとアウロムが着ている服を脱いだ。
彼女の右の前腕と左の肩口には刀傷があった。だが、それ以外は実に綺麗な肌をしていた。それは美しい白磁の像のようだった。そして肘や膝、手首や足首などの関節が細く締っていて、筋肉がついている部分との対比が見事だった。
乳房や尻の肉はは重力に逆らい、昂然と上を向いていた。アウロムは肩までの髪を手でかき分けると口を開いた。
「覚えていますか? ラピデス、あなたがうわ言で言っていた言葉を」
アウロムは僕に近づくとゆっくり服を脱がせた。そして続けた。
「あなたはこう言ったのです。僕はいつ死んでも構わない。僕には守るものがないと。あなたはうわ言で何度もそう言っていました。あなたは私を守ってくれる積りだと思っていました。違ったのですか?」
アウロムの白目は青みがかっていた。僕はその目を見ながら言った。
「わからない。だが、きょうの試合は勝ちたいと思った。そして今は君が欲しい」
アウロムのキューピッドの弓のような唇が綻んだ。
「どうぞ、私はあなたのものです」