THANK YOU!!-9
病院の外に出た拓斗は、最後尾に居た。
その顔は、凄く苦しそうな・・・。
「(・・・アイツ・・絶対無理してた)」
無事で良かったと安堵する家族や友人に、心配かけまいと笑顔を繕っていた瑞稀。
だが、その手は震えていた。
それに気づいたとき、思わず体が動きそうになった。
でも、それをするにはこの「友達」という一線を超えなければならない。
拓斗は基本的に真面目だ。
(勉強が出来るという意味の真面目では無いが。)
「友達」と接している瑞稀に、そんな事をしたら、許されない。
自分は、「友達」なんだと言い聞かせてもう1年くらい経つ。
ずっと、一線を軽はずみな行動で超えないように・・と。
だが・・閉じ込められ、脱出するためとはいえ怪我をして、気を失ったあの瑞稀の姿を見て、怖くなった。
もし、居なくなったら。このまま、意識を取り戻さないままだったら。
そう考えたら、怖くなった。
思わず保健室の先生の車で瑞稀の手を握った時感じたあの冷たさは、もう感じたくない。
だから、本当に瑞稀が起きた時は心の底から安心したし、喜んだ。
でも、自分を安心させる為にと、無理な笑顔を作らせてしまった。
決して、傷を負ったのは足だけでは無いはずなのに。
自分では、心に触れる資格は・・
「鈴乃!!」
「・・!!」
一人悶々と考えていた拓斗は自分の顔を覗き込む秋乃に強く呼ばれて意識を戻した。
秋乃も、拓斗と同じ最後尾に居た。瑞稀の怪我について話しかけても答えが返ってこなかったので、強く呼んだらしかった。
「・・瑞稀の事、心配なんでしょ・・。辛そうな顔してたし」
「気づいてたのか・・?」
「当たり前。多分、瑞稀の叔父さんやおばあちゃんやおじいちゃんも気づいてる。
だから、瑞稀を一人にさせたんだと思う。・・ウチらがいたら、気使うだろうしね」
てっきり、気づいているのは自分だけだと思っていた。
どれだけ自意識過剰してるんだろう。
「(・・よく考えたら、そうだろうな。)」
冷静に考えていくと、当たり前のように思えてきた。
拓斗は自分に対して呆れた。
だが、あの瑞稀の震えている姿を思い出すと言いようのない後悔が襲ってくる。
あのまま、一人にしてよかったのか。
傍に居て、不安を拭ってあげるべきなんじゃないのか・・。
だが、その役目は「友達」である自分は持っていない。
悔しさが、こみ上げてくる。
「(結局・・一線超えない為とか言っといて・・いざって時にうざったく感じるんだよな・・)」
秋乃があの時、教室に残っていなければ恐らく自分は帰っただろう。
田中先生に頼らなければ、南京錠を開ける事もできなかっただろう。
一線を意地でも守らなければ、瑞稀を血まみれの中からすくい上げただろう。
目が覚めたとき、一番に名前を呼んで温もりを確認しただろう。
結局、何もできなかった。
今も・・震える瑞稀の傍に居られない。
深い悲しみのまどろみの中にいる瑞稀を、安心させてやれない。
何も、出来ない自分が腹立たしかった。
「・・鈴乃。」
「・・・なんだよ」
自己嫌悪に陥っていた間、ずっと足を止めていたのだろう。
秋乃と少し距離が空いてしまった。
その先ではいつまでも来ない自分たちを心配している大人たちが。
それを視界に入れながら、拓斗は自分を呼んだ声に返した。
秋乃は、拓斗の前に立ち背中を見せて顔を前に向けた。
「適当に言い訳しとく。瑞稀の所、行ってきな」
「・・・は?・・・・いや、でも・・」
秋乃の申し出を嬉しく思ったが、今考えた事が過ぎり戸惑う。
自分には、そんな事をする資格がないのだ。
「友達」の一線に居る自分には・・。
「ふざけんな。いつまでウロウロするつもり?自分では境界線前に居ると思ってんだろうけど、こっちから見ればお前、境界線行ったり来たりしてるんだよ。」
「・・え・・」
「何のプライドがあんのか知らないけど・・。」
そこで言葉を区切った秋乃はゆっくり振り返った。
そして、何も言えずに戸惑っている拓斗をじっと見つめるとハッキリと言い放った。
「好きな奴が苦しんでんのに自分のプライドなんて関係ないんじゃないの!」
「・・!!」
初めて、他人から言われた自分の、瑞稀に対する心。
だが、それ以上に、秋乃の言葉はずっと自己嫌悪して「友達」の一線を守ろうとしていた自分の心に突き刺さった。そして、強ばっていた塊を、溶かしていった。
手をギュッと握り直して、真っ直ぐ前を見据えた拓斗は、秋乃に背中を向けると、「頼む!」と言って病院へ駆け出していった。
その姿を見た秋乃は、ため息をついた。だが、その顔は優しかった。
今度は安堵の溜息をつくと前を向き直って、大人たちにする言い訳を考え始めた。