1タルト貨幣-1
コロニーでは上品な中年女性が私に話しかけて来た。
薄いスミレ色のサングラスをかけて絹のドレスを着ていた。
話題は私の昔の話しに興味を持ってくれたようだ。
120年以上も前のことなど想像もつかないことだからだ。
その女性はノリアと言った。
やはり独身で独り暮らしだ。
アニョンと同じく人工的に生まれた子らしい。
ノリアはふと寂しげに言った。
「お話を伺うと家族というのも責任は伴いますが、悪くはない感じもいたしますわ。
きょうは結構なお話を伺って、本当にありがとうございました」
「いえいえとんでもないです。
この程度の話でよかったら、いつでもどうぞ」
ちょうど話が終わったところだったが、アニョンが走ってやって来た。
何かヒラヒラした服を着て髪に飾りをつけていた。
見方によっては可愛いが何か似合わない気もした。
ノリアはまだ私の前に立っていたのだが、アニョンはいきなり私に話しかけて来た。
「ハヤテ、これ買ったんだよ。いいでしょ?実は闘技場で……」
そこまで話をするとノリアの顔を見て、この先は聞かれたくないという表情をして見せた。
少女というのは無遠慮で残酷になることもある。
だがノリアはその場の空気を察してにっこり笑うと頭を下げて立ち去った。
私はアニョンに小声で囁いた。
「今の人に悪いよ、ああいう態度は」
「なにが?」
「闘技場でどうしたの?」
「知らないよ。もう話してあげない。
あの人を追いかけて行ってお喋りすれば」
そう言ってそっぽをむいたアニョンだが、そこから立ち去る訳でもない。
仕方なしに私は超極秘情報を漏らすことにした。
「実は昨日リアル・ゲームに入り込むことに成功したんだ」
これにはアニョンは食いついて来た。
私の両肩を掴んで顔を近づけて来たのだ。
「本当?どこに行ったの?何かと戦った?」
「う……うん、少し戦ってお小遣い稼いだよ。
ほんの50タルトくらい」
私はわざと一桁少なく言ったのだが、アニョンの小さな目は倍の大きさになった。
「5……50タルト!500ポイントも、一体何を斃したの?」
「龍みたいなものだったな」
私は何か尋問されているみたいで、どぎまぎした。
「500ポイントくらいの龍といえば重さ1トン級の大型龍だよ。
体長3mあって色の赤いのがヤムヤングクという人食い龍だし、そいつに私のアバターを食われたことがある。
灰色のごろっとしたのがウベクルダといって、なんでも壊してしまうんだ。
岩にぶつかって、岩の方が粉々に砕けたのを見たことがある。ねえ、どんなのだった?」
「羽が生えていて飛んでいたな」
「翼竜なの?それで500ポイントなら羽を広げたら7・8mもあるでかい奴だよ。
そんなのどうやって倒したの?」
「いやいや、もっとこのくらい小さい奴を50羽くらいだよ」
「小型翼竜を?なおさら無茶だよ。一羽倒したら何百羽も襲ってくるんだから。
武器は何を使ったの。
普通50羽は絶対倒せないと思うけれど、2・3羽倒しても他のに目を突かれたりしてアウトだよ」
「それがたまたまそいつらがまとまって昼寝をしているところを落ちている棍棒で叩いて斃したんだ」
だがアニョンはとうとう怒ってしまった。
「ほら吹き!そんなにいい格好したいの?」
私は仕方なしにアニョンの常識に合わせた嘘をつくことにした。
「ごめん、ちょっとアニョンを驚かせたかっただけなんだ。
実は斃したのは5羽だけなんだ。
それで他のが目を覚ましたので慌ててオフラインした」
「ったく、一桁もサバ読んで……」
アニョンは機嫌を直してくれた。私はアニョンのことを聞いた。
「闘技場で勝ったんだろう?いったい何を斃したんだい?」
「体重60キロのアオジェっていう小型龍だよ。
鱗が硬くてなかなか剣が通らないんだけど、ちょうど喉の柔らかい所を刺すことができてやっつけたんだ。
残念ながら胴元が私と相手が同等と見て掛け率は1だったけれどね。
それで150ポイント取って15タルト稼いだんだよ。それでこんな物買ったの」
そう言ってアニョンはヒラヒラした服を摘まんだり髪飾りを指さしたりしてその辺をくるくる廻って見せた。
そんなところは初めて会ったころとあまり変わらないなと思った。
もちろん私は驚いて感心することを忘れなかった。
「私の3倍だ。さすがだな。
しかも寝込みを襲うんじゃなくて堂々と戦って勝ったんだからすごいよ」
「あ、それとハヤテは私みたいにすぐ換金したからいいけれど、ポイント取ってもそのままにしてうろうろしてたら駄目だよ。
そういうのを狙うゲーマーがいるから、いきなり襲って持ちポイント全部奪って行くんだよ。
気をつけてね。
それと今度から落ちている棍棒なんか使わずに武器屋に行ってちゃんとした武器を使う方がいいよ。
5タルトあれば安い剣一本くらいは買えるから」
「ありがとう。これ教授料だよ」
私は1タルト貨幣を2つアニョンに差し出した。ところがアニョンは怒った。
「いらないよ。友だちだから教えてやったのに、そんなことするならハヤテともう口利かない!」
私はすぐ謝った。そしてポケットに貨幣をしまった。
それを未練の目でアニョンが見ていたのを、彼女の名誉のために気がつかない振りをした。