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【SM 官能小説】

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鏡 〜出逢い〜-9

(…菜緒?!)
そうだ!菜緒!…彼女のところに行かなくては!
俺は見えない何かに押されるように回れ右をすると、施設の中にとって返す。
足がもつれ段差に躓いた。
(菜緒…菜緒…菜緒…!)
彼女に謝らなくては…俺は必死に走った。暗い廊下を走った。
ハアハアハアハア…
(菜緒は…?)
キョロキョロと辺りを探す。
戸部老人の粗相で汚れた床はすっかり綺麗になっていて、そこに菜緒の姿は無かった。
(菜緒…菜緒…菜緒…どこだ?どこに居る?…菜緒…)
戸部老人の部屋を覗く。戸部老人はベッドに横になり寝息を立てていた。付き添っていた職員に訊ねる。
「菜緒…春沢さんは?」
「春沢さん?多分、洗濯室じゃないかしら?」
礼も言わず部屋を飛び出し洗濯室に向かった。
バケツの中に水を流しながら雑巾を洗う菜緒の姿がそこにあった。横に積まれているのは戸部老人の汚れ物だろう。
「………。」
菜緒の姿を見つけた途端、俺の口は言葉を失いその場にただ立ち尽くすだけだった。
「山本建設の息子さんだったんだ。」
手元を見つめたまま、菜緒が口を開いた。
「え?」
「ごめんなさい、私ったら何も知らなくて…ずいぶん馴れ馴れしい口を聞いちゃった。」
「ごめんなさいね。」
俺に顔を向け、首を竦めながらそう言った。
(やめてくれっ!)
心の中で俺は叫んだ。
「菜緒…」
言葉が出ない。
「さっきの方がお父様?施設長が真っ青になってたわ…。」
「一緒に居た女の人…凄く綺麗な人ね。女の私でも見とれちゃった…ウフフ」
喋れない俺に饒舌な菜緒。
「あんなに素敵なサンダルだもの…汚しちゃって…怒ってらっしゃるわよね…」
一心不乱に洗い物をしながら誰に話しかけるでも無く、独り芝居のように語り続ける。
「菜緒…」
次の瞬間、俺は菜緒を抱きしめていた。
彼女の薄い肩がピクリと揺れた。
「菜緒…菜緒…菜緒…」
「許してくれ。謝るのは俺の方だ。」
「ごめん…本当にごめん。」
「………。」
菜緒は無言だ。
菜緒を抱く腕に力が入る。何かが俺の心臓を握り潰そうとしているようだ。苦しい…苦しい…この苦しさはなんだ?
「痛いわ…」
菜緒が呟く。
「菜緒…君が…」
「君が好きだ。」
振り絞るような声で俺は告げた。


学校では期末テストが始まり、ボランティアは一時休止になっていた。
菜緒に告白した日から俺が施設を訪ねるのは止まっていた。
晶は、世話をしていた老犬の最期を看取ったきり訓練所には行っていなかった。
二人共、期末に注ぐだけの気力も無く万年三位の位置につけていた奴がトップを取った。
晶は、可愛がっていた犬が死んでしまった事に相当傷ついたようで、いつものような剽軽で饒舌な晶の姿は見られないまま夏休みを迎えようとしていた。
俺は、施設の事が、そして何より菜緒の事が頭から離れる事は無かったが毎日に忙殺され施設を訪れる機会を失ったまま長い休みを迎えるのだった。
夏休みに入ったある日、晶から電話が入った。
「彰吾、俺クサクサしてかなわんやんけ!どや?今晩行かへんか?」
受話器を取るなりそう切り出した。
俺は真っ先に菜緒の顔が浮かぶ。
「晶…俺、ナンパやめる。」
「はぁ?!正気で言ってんのかいな?!」
「ああ…マジだ。」
「なんやなんや!オモンないなぁ〜!いきなりどないしたん?」
「どうもしねぇよ。もうやめるってだけだ。」
「………。」
受話器の向こうで晶が思案している。
「女…出来たか?」
探るような声で訊く。
「そんなんじゃないけど…」
「ならなんでやねん?」
「…好きな女が居る。」
「かぁー!マジかいなっ?!なんで教えてくれへんねん!水くさい奴っちゃわぁ〜」
「す、すまん…まだ話すほどじゃ無いんだよ。俺の片思いだ。」
「へっ?うそやん?!告ってへんのか?」
「いや…告ったって言えば告ったのかも…告って無いって言えば告って無いのか…」
しどろもどろになる俺に晶は苛立っている。
「かぁーっ!わっけわからんやんけっ!何やっちゅーねん!」
「ま、ええわっ!とりあえず今からおまえんち行くっ!」
「は?ま、待てよ、晶、あき…」
ガチャン!
乱暴に電話が切られた。
30分程して晶が現れる。
「話、せえよ。」
玄関を入るなりそう言い、俺は黙って頷いた。
俺の部屋に入り、俺は今までの事を全て晶に話した。
菜緒との出逢いから告白まで。


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