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【SM 官能小説】

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鏡 〜出逢い〜-8

さち代さんと共に施設の玄関を入る。やはり少し暑かったみたいだ、さち代さんの額にうっすらと汗が滲んでいた。
(部屋に着いたら着替えさせてもらわないといけないな…)
そんな事を考えながら、車いすを押し施設の廊下を進んで行った。
「山本君。」
誰かに声をかけられた。事務長だ。
「さち代さんを部屋に運んだら事務所に来てくれ。」
「はい、わかりました。」
さち代さんの部屋に行き付近に居た職員に声をかける。さち代さんの着替えを頼み、俺は事務所に向かった。
事務所に続く廊下の途中で
「彰吾。」
俺の名を呼ばれた。振り返ると…そこに居たのは親父だった。
「親父…?」
「彰吾君、お久しぶり。」
「よ、洋子さん…」
俺の目の前に、鮮やかな蒼色のワンピースを身に纏った洋子さんの姿があった。
「永井さんに挨拶に来たんだ。おまえの仕事ぶりも聞きにな。」
「頑張ってるんですって?偉いわ、彰吾君。」
…この人は…薔薇の花だ。どんな場所でも周りを威圧する程の美しさで咲き誇る薔薇の花だ…
久しぶりに姿を見た洋子さんは、艶やかなまでの美しさに一点の陰りも無く、いや、むしろその美しさに磨きをかけ続けていた。緩く巻きがかかった柔らかで豊かな髪が小さな顔の周りに流れるように揺れて、彼女の肌の白さをさらに際だたせるのだった。
「永井さんに案内してもらってね。施設に不備があれば改善の為の協力は惜しみませんよ。」
親父は後ろに控えていた施設長に言葉をかけた。
「ありがとうございます。なにしろ運営のほとんどを皆様からの善意に頼っているのが現状でして…。」
(狐と狸だな…)
ヘラヘラと揉み手をしながらそう答える施設長に吐き気を覚える。
(この場所は…俺の聖域だ…)
(踏み込むな…踏み込むな…踏み込むな!)
誰に対してでは無く押さえきれない憤りがこみ上げる。
「た、隊長殿っ!!」
大声が響きわたった。
「隊長殿…隊長殿…」
その場に居た全員が声のした方を振り向く。
いつの間に居たのか、戸部老人の姿がそこにあった。
戸部老人は直立不動の姿勢で敬礼をしたまま親父を凝視している。その瞳の中に明らかに畏怖の念を宿し、ブルブルと小刻みに体を震わせながら敬礼をしていた。
「隊長殿…隊長殿…」
戸部老人は言葉が続かない。
「おいっ!誰か!誰か来てくれっ!」
施設長が大声で職員を呼ぶ。
ビシャビシャビシャ…
水をこぼすような音が響いた。次の瞬間、
「キャアアアーーッ!」
引き裂くような悲鳴。洋子さんの口からあげられたものだった。
ジョロジョロジョロ…
戸部老人の足下を伝った黄色い液体が真っ直ぐに洋子さんの足下に延びていた。
「キャアア!何よっ!何よっ!」
戸部老人の粗相は大きな水たまりを作り、その一部が小川のように流れ洋子さんの白いサンダルを濡らしていたのだった。
「こらっ!おいっ!誰かっ!早く来んかっ!」
施設長は取り乱し、叫び続ける。
「申し訳ありません。」
小さな声と共に廊下に這いつくばり戸部老人の粗相を拭き始める者が居た。菜緒だった。
「早く片づけんかっ!」
「嫌ぁー!もう、なんとかしてよっ!」
慌てふためく施設長や洋子さんを後目に、菜緒は黙々と廊下に広がった戸部老人の粗相を拭いていた。
ドスドスドスドス!
廊下に重戦車が走行するような音が鳴り響き、婦長がその大きな体を揺らしながら現れた。
「失礼しました!今連れて行きますのでっ!」
ハアハアと肩で息をしながら
「戸部さんっ!さあ!早く行きますよっ!」
戸部老人の腕を掴む。
「あ…あ…あ」
戸部老人は引きずられるように連れて行かれた。
残された俺たちは、呆気に取られたようにその姿を見送った。
「失礼しましたっ!」
施設長はその体を半分に折り曲げ、膝に届きそうな程に頭を下げる。
「ちょっと、もう!嫌になっちゃう!どうするのよこれ?もう履けないわっ!」
「怒るな洋子、ここを出たら新しいのを買ってやる。」
「気に入ってたのよ…これ。」
俺の耳に、親父たちの声はどこかすごく遠いところで聞こえる外国の言葉のようで、ただひたすら廊下にひざまづきながら雑巾で粗相を吸い取りバケツで濯ぐ動作を繰り返す菜緒の姿だけが、俺にとって現実だった。
「彰吾っ!帰るぞ!」
親父の声に俺は我に返る。
綺麗な眉に醜く皺を寄せ一言も口を聞かない洋子さんと、いつもと同じく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた親父を乗せた大きなドイツ車が施設を離れ見えなくなるまで俺は玄関に立ち尽くす。
綺麗な薔薇は俺の心に棘を刺し、ポキリと折れた。


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