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【SM 官能小説】

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鏡 〜出逢い〜-7

沈黙が続く。
「…おまえ…しんどいな…。さて、ほな帰るとするわ!」
勢いをつけ立ち上がると、俺に向かって親指を突きだしニッと笑って部屋を出る。玄関ではおふくろが
「いつでも遊びに来てちょうだいね。」
と楽しそうに言い
「またお邪魔さしてもらいますわ。ほな、彰吾またな。」
手を振りながら晶は帰って行った。
晶が帰った後も、おふくろは楽しそうで、おふくろのこんな顔を見るのは久しぶりだな…と思う俺は、晶に少し感謝していた。

俺と晶は相変わらずの日常を過ごしていた。馬鹿な話に興じたり真面目に勉強する時もあったり、学校での生活はそれなりに楽しかった。
最近晶が忙しくなり、ナンパの誘いはめっきり減っていたのが変わった点と言えば変わった点で、ナンパの代わりに晶が何をしているのかと言えば、ボランティアで通っている盲導犬訓練所に役目を終え帰ってきた老犬の面倒を見る為に指定された日以外にも(実はほぼ毎晩!)通っているのだった。優しくてロマンチストな男なのだ。
俺も何度か施設に通ううちに、春沢菜緒としょっちゅう言葉を交わすようになり、菜緒と話すのが楽しみで施設に通っているのも事実だった。菜緒はいつも俺の高校での話を聞きたがり、
「私あまり友達って居ないから…」
と、俺と晶の馬鹿話を実に愉快そうに聞いていた。
あんまり菜緒が楽しそうなので、今度晶と遊びに行く時は是非一緒に行こうと約束したのだが、肝心の晶がそんな調子なので未だ約束を果たせずにいた。


すっかり初夏を越え、照りつける日差しは夏のそれだ。
施設に到着した頃には汗をかいてしまっていた。
(着替えを持ってこなきゃいけないな…)
そんな事を考えながら、事務所に寄り声をかける。
最近、俺はすっかり“さち代さん”のお気に入りで、ここに来ると必ずさち代さんの部屋を覗き、散歩に誘うのが決まりになっていた。
さち代さん以外にも何人か顔見知りの老人ができ、老人ばかりで晶の言葉を借りて言うなら“辛気くさい”はずのこの場所を俺は嫌いでは無かった。
更に、冬枯れの中に一輪だけ可憐に咲いたスノードロップのような菜緒の姿を見つけると、嫌いどころかこの場所に愛着さえ覚えるのだった。
もっとも初日に会った戸部老人だけは、相変わらず俺の姿を認めると大声で号泣される事になり、事務長をはじめ他のスタッフたちに『くれぐれも気をつけるように』と釘をさされてからは、ビクビクしながら施設内を移動する事になったのだが…。
「こんにちは」
さち代さんの部屋を訪ね声をかける。
「まあ、まあ…」
さち代さんの顔には嬉しさを満面に湛えた笑みが溢れる。そしてさち代さんのベッドの傍らには…
「ご苦労さま」
ニッコリと微笑む菜緒が立っていた。
「さち代さん朝から楽しみにしてたのよ。ねぇ、さち代さん。」
開け放たれた窓からそよぐ風が菜緒の束ねられた髪の後れ毛を揺らす。
白いうなじが眩しい。
(ドキッ…)
その場に似つかわない事を考えている自分に少し照れた。
そんな自分を誤魔化すようにさち代さんに近づくと
「お散歩行きましょうか?」
と声をかけた。
「うん、うん」
さち代さんは頭を縦に振りながらニコニコと子供のような顔にで頷いた。
菜緒がすかさず部屋の隅に置かれた車いすを運ぶ。俺はそれを見届けると、さち代さんをベッドから持ち上げ車いすに乗せるのだった。
この一連の動作は、俺と菜緒どちらが声をかけるでも無く流れるような動きで行われ、俺はなんとなく菜緒と言葉の必要が無い部分で繋がっているような気がして嬉しく思うのだった。
「いってらっしゃい、今日は少し暑いから日差しに気をつけてあげてね。」
菜緒が部屋を出る気配が無いので
「一緒に行かないの?」
そう訊いた。
「ええ、ごめんなさい。今日はなんだか偉い人がいらっしゃるって話で…」
菜緒が少し寂しそうに見えたのは俺の自惚れだったのだろうか。
「さち代さんのことお願いね。」
次の瞬間いつもと同じ笑顔を返す菜緒がそこに居た。
さち代さんは花壇の近くが好きだ。
花壇には常に季節の花が植えられ、行き届いた手入れで見る者を楽しませるのだった。
花壇がよく見える場所に日陰を探し車いすを止める。
しばらく俺も俺の周りを囲む全ても、日常とは違う時間の流れに身を置くことになる。
(暑くなるな…)
車いすから離れ空を仰ぎ見ながら俺は思った。


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